Book: 2007年9月アーカイブ

上座部仏教の伝統を受け継ぐスリランカ僧が、大乗仏典である般若心経の問題点を挙げ、上座部の短い経典から空や無常の意味を説明する書。

般若心経の問題点は以下の通り。全部が間違っているわけではないが、お経に必要な理論・実践・向上への躾のいずれも欠けているという。

・観世音菩薩の修行内容を舎利子がチェックしているのに、観世音菩薩が舎利子に教えてあげていると解説されることがある
・色即是空は正しいが、空即是色は論理的に間違い(逆は真ならず)であるばかりでなく空を実体視している
・「無○○」は空というあり方とは異なる虚無主義
・無常なので不生不滅・不増不減ではない
・四諦十二因縁や悟りを否定すれば修行の階梯がなくなる
・無意味な呪文(ギャーテー……)は釈尊も否定している

一方、パーリ経典で「空」は特別な位置づけをされず、無常、苦、病、腫れ物、槍、災い、疾、他人のもの、壊れるもの、無我と同列で論じられる。真理を発見し我執を離れるプロセスで、このうちどれか1つの単語に反応すればよいと。

「無○○」は「○○が存在しない」という虚無主義ではなく、「○○に固執するな」という解説もあるが、それも否定される。苦しんでいる人に苦しみに固執するなといっても、その苦しみは現に経験されているのだから。まず苦しみをあるものとして正面から見つめ、それを乗り越える道を模索していくのがお経の役割であるという。

続いて説かれるパーリ経典では、上座部仏教が、こんなにも論理的で、しかも慈悲も持ち合わせていることに感心する。

日本仏教の要ということでつい絶対視しがちな般若心経を相対化し、釈尊に立ち返ることも意義あることだと思った。目から鱗落ちまくり。

如来蔵思想研究で知られる仏教学者・高崎直道氏と、仏教を分かりやすく説くことにかけてはピカイチの仏教思想家・ひろさちや氏の対談集。

実はひろ氏が東大印哲の修士課程に入ったとき、高崎氏が助手だったというときからの交友で、本書もひろ氏が仏教学の定説や枠組みから自由に自説や展開し、それに高崎氏が仏教学の立場から真偽をコメントするというスタイルをとっている。

もっとも、ひろ氏の知識も高崎氏が及ばないくらい広範で、初期仏典のエピソードや西洋哲学との比較は非常に面白い。

全体的な流れはこうである。現代の日本仏教は葬祭を中心に展開しているが、その理論的な裏づけがない。そこで輪廻(場所・時間・原因)をどう捉えるかが重要になる。続いて輪廻からの解脱=成仏はどのようにしてなされるかを考え、最後に輪廻と解脱を分ける善悪に踏み込む。

解脱(成仏)した者はこの世間にい続けるのか、その外側に出ていくのか。無明とは知識の無なのか何かエネルギーのようなものなのか。本書で答えは示されていないが、仏教を哲学的に考えてみたい人にとってはヒントがたくさん詰まっている。

天台本覚論や批判仏教に対する2人の考えもほかでは読めないだろう。世間がいくら批判しようが、縁起の理法に従い「あなたはそのまんまでいいのだよ」と言えるという。ただし悪しき業論は出世間の教えを世間に過大適用している時点で否定される。批判仏教は、信と法の優先順位が問題だという。

2人の対談を読んで思うことは、哲学的な理論付けをするためには、答えを出すのに難しい難問が多数立ちはだかっているということだ。答えの出ない問いを問い続けるのは大切だが、それだけでは現代日本仏教がよって立つ根拠として説得力がない。本書はひとつの哲学・思想としては知的刺激に富んでいるが、仏教を宗教と捉えるとき、もっと別の面からも考える必要があると感じた。

『小さいおばけ』

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このお話をもとにしたドイツのボードゲームが賞などを獲得していたので購入。児童書だが150ページくらいあるので、小学校中学年〜くらいかな?

今は博物館となった古いお城に何百年も住んでいる小さいおばけ。人を怖がらせるようなことはせず、毎日夜の0時から1時間だけ出てきてお城の中で遊んでいる。夜おばけなので、昼のことは全く知らなかったが、好奇心旺盛なおばけは昼の世界も見たいと思っていた。それがある日、ふとしたことからお昼に目が覚めてしまう。

おばけという得体の知れないものなのに、時計によって活動時間が決まっており、後半はその謎解きをしていくお話になっている。ドイツ人らしい、ロジカルさが印象に残った。

モノクロがかえって雰囲気をよくしているイラストも秀逸。ふくろうのシューフーのような友達が私もほしくなった。

旅行業・インド料理店・落語で日本に深くかかわるインド人が書いたインドの紹介本。さすが日本人が知りたいツボを心得ていて、宗教を切り口に簡潔にインド人の精神や論理を知ることができる。

・お釈迦様の托鉢は目を伏せて鉢を差し出すのは相手が誰でも受けるという一切平等の教え
・苦行の目的は前世を思い出すこと
・アヌローマ制(カーストで上位の男性と下位の女性の結婚は許される)も3〜4世紀前に禁じられた
・相手の側の視点を認めるのがインドの哲学。だから異教徒も認める
・輪廻があるからゆったり生きれる。「今回の人生でできなかったことは、来世でやりましょう。次の人生も、次の次の人生もあるのだから」
・来世にはお金も名誉も持っていけないので、人徳が重んじられる
・天国に行くには息子も娘も必要なので、産児制限は天国に行く権利を奪う
・幼児婚はイスラム勢力に暴行する前に子どもを結婚させて親が天国行きを予約するために生まれた
・善い人間とは家族(場合によっては国家・社会・会社)の一員として家族のために献身する人
・インドでは普通、先に謝ったほうが負けといわれるが、ホーリーに謝れば負けではない
・「ノープロブレム」は神様がたぶんそうしたのだから言う。神様が決めたのでうまくいったのだから、「ありがとう」も「ごめんなさい」もあまり言わない

ものによっては、インド人一般の考え方なのかマルカス氏独特の考え方なのか判然としかねるが、それでも日本人と違う発想で人生を見直してみるのもよい。

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