Book: 2007年10月アーカイブ

迷信・俗信も長い間に広まってきたものであれば何らかの知恵がその裏に隠されているはず。そんなの迷信だからといって取り合わないのではなく、その隠された知恵を大事にしよう。

標題の「なぜ夜に爪を切ってはいけないのか」=夜に爪を切ると親の死に目に会えないというのは、『日本書紀』に記述がある。曰く、爪には霊魂が宿っているから、幽鬼が暗躍する夜に爪を切ってはいけないと。
ほかにも暗いところで深爪をする恐れがあることや、ウブメという中国の怪鳥にが爪を食べにやってきて、凶事を招くという説が紹介されている。
(私は夜爪=世を詰めるという語呂合わせから、早死すると思っていたが)

このようにして「噂されるとくしゃみが出る」「ミミズに小便をかけるとオチンチンが腫れる」「夜に口笛を吹くと蛇が出る」「貧乏ゆすりは出世できない」「若ハゲの男は絶倫」「ミョウガを食べると物忘れする」など、どこかで聞いたことがあるような話を、古い書物や民間伝承と、科学的な観点から分析する。

その裏に現れるのは行儀よく賢く健康に生きようとする古人の知恵である。中には荒唐無稽なものも含まれているが、それも人の弱さを表すものなのだろう。

1つの迷信に対し説明が1ページ半だけと物足りなさを感じるがその分たくさん紹介されていて、知らないものも多く勉強になった(あまり迷信を喧伝するつもりはないが)。

日本に20年以上住んでいるカナダ人ジャーナリストがアメリカの言いなりになっている日本や、体制に都合の悪い記事を出さない大手マスコミに警鐘を鳴らす。

筆者は「フォーブス」アジア太平洋支局長を務めていたが、ウィルス対策ソフト会社がウィルスをばら撒いているというスキャンダルを封殺されてからフリーになり、ヤクザやブッシュ利権など、大手マスコミのタブーに挑戦し続けている。

筆者によれば、北朝鮮は脅威ではないという。人口が日本の5分の1、GDPが100分の1では何もできない。ところがこれを煽るのはアメリカで、その目的は低性能のミサイル防衛システムや次世代戦闘機を売りつけて軍産複合体を儲けさせることにある。

イラク戦争開戦の理由が石油利権にあったことはもはや隠しようのないことになっているが、9・11が飛行機の激突ではなく爆薬によるものだったことが隠蔽されていることは知らなかった。イラン・イラクが石油取引をユーロ決済にしようとしたことがアメリカに狙われた一因だったと。

翻って日本。郵政民営化もアメリカの年次改革要望書によって進められたもので、相変わらず言いなりだ。国連への負担金が世界第2位、アメリカに40兆円ものお金を貸しているのに言いなりになっている日米関係を、筆者はこのように揶揄する。
「パチンコをやりたいから金を貸してくれ」
「はい」
「その間、おまえは外で待ってろ」
「はい」
「全部すっちまった。もうちょっと都合してくれ」
「はい」
「やっと出たから、この金で遊びに行ってくる。先に帰ってろ」
「はい」

そんな日本もいつまでも金が続くわけではない。国債・地方債の総額が国民の個人資産の総計1400兆円を超えるとされるのが2008年。さらにこの年は小渕内閣が発行した10年債償還の年でもある。この多重債務をどう乗り越えるのか。

通貨危機になった場合、IMF(国際通貨基金)に頼ることになるが、その際に起こる事態が2002年の「ネバダレポート」に記されている。
・年金30%カット
・国債の利払いは5〜10年停止
・消費税20%
・預金の30〜40%を財産税として没収

今の日本では、これくらいしないと本当の財政再建にならないのだ。こんな大問題に、政治家は口をつぐんだまま。

筆者が「全ての情報は、何らかの加工がなされている」と言うとおり、この本に書かれていることも信じがたいことばかりで、一種の煽りが入っているのかもしれない。そうだとしても、新聞などでは読めない別の面から多角的に物事を捉える必要性を感じた。

ブログやミクシィで、ある人物への非難が燃え上がり、収拾がつかなくなる「炎上」という現象を群集心理とネットの特徴から分析し、これからますます進むウェブ社会の方向性を探る。

筆者によれば炎上はウェブ社会になってから起こったことではないという。ラジオで放送された『宇宙戦争』が引き起こした火星人が攻めてくるというパニック、女子高生の会話が発端で取り付け騒ぎとなる豊川信用金庫事件、東ドイツのスポークスマンの失言がもとになったベルリンの壁崩壊など、リアル社会でも起きている。

しかしこれがウェブ上で起こると、可視化(目に入りやすい)とつながり(広がりやすい)という特徴によって急激になる。小さな流れがいつの間にか極端で大きな滝になるこの現象は「サイバーカスケード」と呼ばれる。対応できない状態になるだけでなく、叩かれた個人の情報がアップされたりととどまるところを知らない。

事例として挙げられているのは以下のような事件である。

・乙竹洋匡ブログ炎上(悠仁さまの誕生で)
・上村愛子ブログ炎上(亀田興毅を応援して)
・あるある大事典騒動(志村けんの反省に)
・TDC炎上(おたくの反乱)
・JOY祭り(店員を殴ったことに非難)
・きんもーっ☆事件(おたくの反乱)
・スティーブさんの自転車を探すオフ(ノートを探し出す)
・タカラ騒動(ギコ猫の商標登録に)
・のまネコ騒動(エイベックスが著作権を申請)
・東芝クレーマー事件(まずい窓口相談を録音して公開)
・バズマーケティング失敗事件(NHKに出演した女子大生の話)
・銚子電鉄ぬれ煎餅祭り(赤字対策の煎餅がばか売れ)
・丸紅祭り(パソコン19800円)
・田代祭り(タイム誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに)
・川崎祭り(オールスターゲームのファン投票)
・塩爺(流行語大賞)
・ゴッゴル祭り(サーチエンジン最適化コンテスト)
・イラク人質バッシング(自業自得と)
・浅田彰の戯言(他国が攻めてきたら素手で応戦と)
・福島瑞穂の迷言(警察官は丸腰で逮捕に向かうべきと)
・「ジャップって言うな!」事件(極楽とんぼ加藤の謝罪動画から始まった誤解)
・犬糞女事件(韓国で犬の糞を片付けなかった女性の個人情報がさらされる)
・あびる優万引き事件(若い頃の強盗自慢で苦情殺到)
・鮫島事件(2ちゃんねるで話題になる架空の事件)

これらの例は、悪意が暴走しているものばかりではない。ときには善意や義憤から始まったものだが、それが膨張し手がつけられなくなることもある。

ここから筆者は、サイバーカスケード自体が悪いとか、規制するという発想ではいけないという。インターネットの長所でもあるので、それを活かしつつ両論併記のハブサイトや、成員が民主的に振舞えるアーキテクチャを構築しなければならないと。

提言は実効性があるかどうか分からないが、とにかく豊富なケーススタディとして楽しく読めた。「もちろん〜と言いたいのではありません」というフレーズを多用するあたり、筆者も相当ウェブでもまれているようだ。

ウェブ上にもう1人の自分がいるという時代、ウェブ特有のリテラシーというものの必要性を強く感じた。

『死は成仏か』

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如来蔵思想研究の第一人者による仏教死生学。

死を乗り越えたとされる釈尊や仏弟子の(生物学的な)死、そして輪廻の世界に生きる菩薩の死。そしてなかなか救われない衆生の死を、分かりやすく説く。

仏教の立場から言えば、死すなわち成仏ではない。信仰なり修行があって、私たちの中に眠る仏性(成仏する資格のようなもの)が育てられ、いつの日か成仏するのである。

ただ日本には死すなわち成仏という考え方も広く行き渡っており、民俗学的観点から考える必要もあるだろう。

というわけで表題について答えを見つけるのは難しいが、四聖諦、八正道、十二因縁といったとかく難解になりがちな仏教の根本教説について分かりやすく説かれており、仏教入門としておすすめである。

宝塚のお寺の住職による痛快な毒舌説法集。

世間には死に関するタブーが実にたくさんある。祟りとまでは言わないにしても、縁起が悪いとか、祭り方が悪いとかそんな言説はよく耳にする。仏教の観点ではそのほとんどが迷信に属するものだが、タチの悪いことに僧侶がお先棒を担いで喧伝していることも多い。

筆者の区別は単純明快、人を不安にさせるものは迷信、安心させるものは仏法。面倒臭い理屈はない。

「拝まん奴に限って、祀り方がどうのこうのと、祀り方ばっかり問題にしよるわ。一生懸命に真心こめて拝んでさえいれば、万一悪いところがあれば、神仏の方で都合ようにしてくれはるわ」

「法事ちゅうのは、お経もあげられん亡者に代わって、坊主が本尊に拝んでやるのやがな。だから回向というのや。亡者は坊主の後ろで一緒に本尊さんに手を合わせているわ」

本に登場する迷信深い人たちを笑う私も、兄弟などが位牌を複数作ると帰る所が分からなくなって困るとか、そんな言説を鵜呑みにしていたことに反省。

「お母さんとしては、両方に帰れるように兄弟二人に祀って貰えたら本望だろうに」

そして迷信にすがりつく衆生を喝破する。

「家族が病気したり不幸があったりすると、その原因や責任を他人になすりつけたがるが、なすりつける相手が見当たらない時は、方角や家相や先祖やその他動物の霊にまでなすりつけようとする。それらのものこそいい面の皮というものである。」

お寺にいる以上、これぐらい精神的に余裕と活力をもって檀信徒と接したいものである。

長い間語り伝えられてきた英知は、生半可な知識よりずっと意義深いものだ。1979年に初版だったこの本が、30年近く経った今文庫化されて読んでも、古さを感じないのはそういうことわざの力によるものだろう。

夜目遠目傘の内(私の好きなことわざでもある)、三尺下がって師の影を踏まず、目くそ鼻くそを笑う……語呂がよくて覚えやすく、人の心理をしっかり描き、ときには生きる指針とさえなることわざ。その裏にある意味を読みやすい筆致で引っ張り出す。

桜切るバカ梅切らぬバカなんていうのは、園芸のコツぐらいにしか考えていなかったが、教育でもイデオロギーでも杓子定規はダメだという教えがある。

餅は乞食に焼かせろ、娘は棚に上げ嫁は掃きだめからもらえ、売り家と唐様で書く三代目、人の行く裏に道あり花の山など、ちょっと聞きなれないことわざも知ることができてお得。よく言ったものだとか、粋だねぇとかことわざを伝承してきた日本人に感心することしきり。

これだけ移り変わりの激しい現代、古人の知恵を生かすことなんてないのかなと思いきや、そんなことはないものである。時代や国を問わない普遍性が垣間見られたような気がした。

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