Book: 2008年1月アーカイブ

『憑神』

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幕末の江戸、文武に秀でながら婿入り先を離縁され、実家でくすぶる別所彦四郎は、つい足を滑らせて見つけた川原の祠に神頼みをする。ところが「三巡稲荷」と呼ばれるその祠から現れたのは、貧乏神、疫病神、死神であった!

映画公開で気になっていた作品。主人公の、幕末においても仁や忠を忘れない志の高さと、ときどき垣間見せる人間の弱さ、そして妻子への愛情が胸を打つ。大商人に扮した貧乏神、相撲取りに扮した疫病神、女の子に扮した死神の、神様らしくない個性豊かさもおかしい。

主人公はあくまでちっぽけな人間であることによってしまいには神を凌駕する。
「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ。」

時代小説はほとんど読まないが幕末の風雲急と江戸の生活がしっかりした時代考証に基づいて生き生きと描かれており、最後まで読みきった。

他人の行動によって自分の利害が変わるとき、どのようにふるまえばよいのか。リスク、インセンティブ、コミットメント、ロック・イン、シグナリング、スクリーニングと逆選択、モラル・ハザードなどゲーム理論のキーワードを、極めて身近な例をふんだんに盛り込みつつ解き明かす。

身近な例は理論を分かりやすくするだけでなく、それ自体が興味深かった。

・グーで勝ったら賭け金を10倍にするジャンケンの必勝法とは(みずから戦略的リスクを作り出す)
・病院が薬を大量に買わせる動機(インセンティブ)
・結婚指輪が高額になる理由(コミットメント)
・日本のオークションでヤフーが多い理由(ロック・イン)
・異性に容姿や服装をほめられていい気になってはいけない(シグナリング)
・1000万円からスタートして値下げしていくべきだったワールドカップのチケット
・リスクの高い人ほど保険に加入し、保険料を上げるとリスクの低い人から抜けていく(スクリーニング)
・「他店より1円でも高ければさらに値引き」とは「他店が同じか高ければ値引きしない」というシグナル
・スターバックスの成功は禁煙による差異化
・参加者が多いと予定価格を増やしてしまうオークションと、それを悪用するさくら

相手の気持ちを考えるというのは、何も道徳的見地からではなくて戦略的見地からも必要なことだと、強く思った。

日本サッカーがヨーロッパの強豪と比べて足りないものは自己決定力・論理力であると分析し、指導者ライセンス講習のディベートや、JFAアカデミーの言語技術指導を紹介する。

「なぜそんなパスを出したのか?」と監督が聞くと日本人の子どもたちは黙って監督の目を見ることが多い。これが筆者の留学先のドイツでは「だってペーターは足が速いんだから、そこに走るべきだから」と即座に答えが返ってきたという。

この差が、刻々と局面が変化していく中で究極の判断を求められるサッカーでは決定的になる。ひとつの答えしか許されず、答えが合っていたかに重点が置かれる日本の教育システム、答えはひとつとは限らないこと、失敗を重ねて経験を積むことを、言語技術の教育を通して子どもたちに身につけさせようとしている。

言語技術とは論理に留まらない。非論理的であっても、言葉を発する人の内面から出てくる自信や信念や経験に裏づけされていれば説得力がある。日本は伝統的に大事にしてきた以心伝心を捨てるのではなく、それに論理力を加えて飛躍できるのだ。

6才以下のおにごっこの反省、サッカーが好きな理由の議論、イメージトレーニング、8才以下のわざと察しない問答、行動の理由の説明、視点を変えること、10才以下の問答ゲーム、絵の分析、12才以上の主語の認識、理由や視点を皆で考える、など年齢に応じた言語技術の指導も具体的に説明。

サッカーに限らず、多様な価値観が並存する時代を生きていく子どもたち、私たちも学ばなければならないことである。

また日本のサッカーが弱かった時代の背景や歴代外国人コーチなど、ちょっとしたサッカー史になっていて内幕も楽しく読める。

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