Book: 2008年2月アーカイブ

話を最後まで聞かずにひとつふたつの単語に過剰反応して反論を始めてしまう輩を切る!

あとがきで著者は堅い本をはじめ考えていたが、身近な事例を書いているうち「話の通じない話」のネタ帳になったことを述べている。

「レズビアン」を「レズ」と誤植したことから著者が男根主義者と断定されてしまった話から、イラク人質事件で起こった自己責任論争、高橋哲哉・加藤典洋による敗戦後論争など具体例豊富。筆者が論点を整理して論点のズレを明らかにしている。

第一章は著者がものすごい剣幕で書いているのでひるんでしまったが、第二章からは、F.フクヤマの「歴史の終焉」やガダマーの「解釈学的循環」を切り口に、話が通じない理由を哲学的に掘り下げており、非常に興味深い。

著者によれば、マルクス主義などの大きな物語の消滅によって物語が個々人で細分化したのにそれに気づかず、自分の物語(多くは単純な二項対立)を他人に押し付けてしまうことが話が通じない理由とされる。想像力の欠如とも言えるだろう。

対策としては議論の基本である言葉の定義や論点の整理を面倒でも丁寧にやっていくほかない。でも相手の言わんとすることを理解するまで集中力が続かないのがまた問題。普段から努力しなければ人の話を聴く力はすぐ衰えてしまう。

差別語を使ったからといってその人に差別意識があるとは限らない。ネットで根拠も思慮もない言説が次々と生み出される中、脊髄反射せずに対話を重ねて理解するということ。反論はそれからでも遅くはない。

『フラガール』

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昭和30年代の福島県いわき市。炭鉱は閉山を余儀なくされ、職を失った人々のためにハワイアンセンターが計画されていた。この物語はハワイアンセンターのダンサーとして活躍することになる地元の女性たちと、その家族の物語である。実話に基づく。

主人公もさることながら、脇役もすばらしいキャスティング。主人公の兄役である豊川悦司の妹への愛情の深さ、ハワイアンセンター社長役である岸部一徳の早回し東北弁、主人公の母役である富司純子の食いしばるような表情、どれも見事で涙が何度も出そうになった。特に豊川悦司の存在感は何度見ても飽きない。

急速な時代の変化に人々はどう変わっていくのか。何が変わらないのか。ここ数年の邦画、いや洋画も含めて一番。

『インドの衝撃』

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3部にわたって放送されたNHKスペシャルの反響を受け、記者たちが書き下ろした最新のインドリポート。番組の構成をなぞりつつ、テレビでは伝え切れなかったコラムや記者の感想を綴る。

第1部「わき上がる頭脳パワー」ではMITより難関と言われるIIT(インド工科大学)の卒業生のITに限らない広範な活躍ぶり、その元になったネルーの頭脳立国構想、そしてIITをめざす貧困層の努力ぶりに焦点を当てる。

「“学ぶ力”とは、個々の事例から共通する要素を汲み取り、それを他の事例に応用して役立てることができる力を意味します。変化に対応でき、そんなに新しい状況が生まれようとも、迅速に判断できるように社員たちを常に磨き続けているのです」
「私たちは常に解くべき問題を探しています。問題を解くのが大好きなのです。誰か、私たちに解決すべき課題を与えてくれないかと、いつも思っているのです。」
(インフォシス・ムールティ会長)

第二部「十一億の消費パワー」では景気の拡大によって購買力が急上昇した新中間層に密着。都市部に次々と開店する巨大スーパー「ビッグバザール」、洋服や家電製品、さらにワインなどにお金を惜しまない人たち。ガンジーが唱えた清貧の思想はどこへ?

「このテレビがもう流行おくれだということに気づいたんです。やはり今は液晶化プラズマですね。格好いいですよ。」(ニューデリー郊外の高級マンション住民)

第三部「台頭する政治大国」では、1998年の核実験で冷え込んだ米印関係がどのようにして修復されていったかを、政府要人のインタビューを交えて丁寧に描き出す。そこにはインドがずっと抱き続けてきた大国意識と劣等感や、アメリカで活躍する在米インド人の政治活動があった。

「『あなた(クリントン大統領)が来ても、我々は条約に署名しない』というのでは、これは子供のゲームになってしまう。我々は共に大国であり、インドは非常に偉大な文明で、二大民主主義国家なのです。一定レベルの理解と成熟さをもって、この二国間関係を構築する必要があります」
(J.シン前外務大臣)

優秀な頭脳に対して学校にも行けないたくさんの人々、お金持ちの新中間層に対してすぐそばのスラムに住む人々、強いインドを掲げる政府に対して貧困から脱出できない農民まで、一面的にならないような取材になっており、インドの多様性が孕む問題まで捉えられていた。現代インドを知るのに格好の一冊と言えるだろう。

レトリック学の第一人者によるきわめて実用的な文章読本。名文よりも分かりやすい文に焦点を定めて注意点を列挙する。大学で翻訳の授業をしているうちに、学生の日本語力の低下を感じたのが起稿の動機だという。

1.短い文を書こう
2.長い語群は前に出そう
3.修飾語と被修飾語は近づけよう
4.係り受けの照応に注意しよう
5.読点は打たないように(1,3を徹底するということ)
6.段落を大切にしよう
7.主張には必ず論拠を示そう
8.具体例や数字を挙げよう
9.予告・まとめ・箇条書きなどで話の流れをはっきりさせよう
10.文末を工夫しよう(「である」などを繰り返さない)
11.平仮名を多くしよう(漢字が重なる場合開いてもよい)
12.文体を統一しよう

まず日本語の特性に関する基本的な注意点(1〜5)を押さえた上で、レトリックの配置(6,7)と修辞(8〜12)の順番で挙げている。いずれも言われてみれば当然のことだし、どこかで習ったことがあるようなことばかりだが、身についているか確認してみるのがよい。

そして著者は「名文を読め」ではなく「いい文章を暗記せよ」と説く。定型表現をたくさん覚えることで文章が軟らかくなるという。具体的には森鴎外と谷崎潤一郎を勧める。暗記するぐらいでないと、自分で使いこなせないのだ。

一箇所、「逃げ場がないならば、いじめは陰惨化する」という主張から学校現場に逃げ場を作るにはどうしたらよいか考える渡辺昇一の例を取り上げ、「演繹法と帰納法を実にうまく使い分けている」と評価しているが、演繹的にこのつながりはおかしい。

「逃げ場がないならば、いじめは陰惨化する」の対偶は「いじめが陰惨化しないならば、逃げ場があったということだ」であり、「逃げ場があるならば、いじめは陰惨化しない」とまでいうことはできない(帰納的にはあってもよいが)。したがって、逃げ場を作ってもいじめが陰惨化する場合(執拗ないじめっ子がいるとか)も考慮しなければならない。

移民街が栄えるイギリスの小さな町。パンジャーブから移住してきた家族の2世である主人公の14歳の男の子(!)は、17歳になったらインドの友人の娘と結婚するよう父親から言われる。インドでは依然として根強い「アレンジド・マリッジ」……しかしここはイギリスだ。何とかして結婚を回避しようとする主人公の闘争が始まる。

主人公は父や兄の下品なインド文化や白人・黒人蔑視を心から嫌がっている。

「兄貴たちのああいう話し方には、我慢できない。語尾にすぐ「あ?」とか、「マジ最高」とかいった言葉を足す(p.24)。」

父親が何度も説得するときの、母親の仕草も主人公をいらいらさせている。

「待ってましたとばかりに、母さんが神に救いを求めながら、泣きだした。「ああ、神様(ハイ・ラッバ)」なんていいながら、腿を叩いてる。パンジャブの女が葬式でよくやるやつだ(p.76)。」

アジアの女性がこうして無理やり結婚させられるのはよくありそうな話である。しかしそれが男なのは珍しい。主人公はこう分析する。

「男は別の形で抑えつけられているんだと思う。本人も気づかないうちに考えをすりこまれて……。そういうの、なんていうんだっけ」
「サブリミナル」(p.102)

結婚を回避するため、どんどん悪になっていく息子を、家族は騙してインドの故郷に連れて行き、軟禁する。そこで主人公は未知の文化や人間を経験する。

「人間は平等なんだから、同じ権利を持つべきだよ。ぼくはそう信じてる」
「そのとおりですよ、マンジートさん。けっきょく、おれたちゃみんなサルです。しっぽがねえだけで」モーハンはそういうと、また笑った。
「やっぱりね。ぼくと同じ意見だと思った」
「けど、サルん中にも、でっけえのとちいせえのがおるでしょうが。上に立つもんと、それにくっついていくもんが」(p.190)

そしてかつて主人公と同じように「伝統」を否定し、外国に行った叔父さんとも出会うことになる。

「本当はいまでもときどき、ぼくは自分のことを自分勝手だと思ったり、罪の意識なんかを感じたりすることがある。だが、きみが家族にどんなことをされたのか、僕に話してくれただろう? おかげで自分がどうして今の道に進んだのか思い出したし、きみと話して、なんていうか、じぶんがどうして家族の枠組みから逃げだしたのかがわかった。ぼくが家族の伝統に従わなかった理由は、自分勝手なものではなかったってこともね。自分と自分の人生のためには正しい選択だった」(p.253)

インドからイギリスに帰った主人公には、いよいよ結婚の期日が迫ってくる。成り行きで家族の伝統に従うのか、それともそこから外に飛び出していくのかは本編を読んでのお楽しみ。

全体に若い主人公の一人称で語られていて軽快に読むことができ、それでいて異文化が交わるときの問題についても深く考えさせられた。インド農村生活の描写もすごくいい。

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