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『正見経』(中部経典9)を講読。十二支因縁(①無自覚(無明)②本能(行)③分別(識)④事物(名色)⑤感覚器官(六入)⑥対象との接触(触)⑦感受(受)⑧渇愛(愛)⑨執着(取)⑩輪廻(有)⑪誕生(生)⑫苦しみ(老死))の最終的な結果である老死の苦しみから、原因、原因の原因と遡るかたちで説かれている。

ことは誕生から始まる人生の苦しみという実存的な問題から始まり、感覚器官と対象の接触による感受・欲望・執着という認識論、さらに本能による分別で事物が作られるという存在論、そして最終的には真理の無自覚という宗教的なテーマへ。このように視点がどんどん変わっていくところが、十二支因縁の理解を難しくしている。

『正見経』ではさらに無明の原因として煩悩を設定し、無明の原因は煩悩、煩悩の原因は無明と循環させているところも考えさせられた。

無明の眠りの夢覚めて 尊き身をば今ぞ知る(御授戒御和讃)

合葬墓への懸念

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朝日新聞:安価な合葬墓、寺院は懸念「人生の価値考えるとひどい」

秋田市が1500体分、1体17000円の合葬墓を整備。これに対し「人生の価値考えるとひどい」という市内の寺院は、20万円から永代供養を受け付けているという。

間違ったことは言っていないとは思うが、この記事の書き方では、寺院のコメントが自分の利益を守ることが動機になっていると思われて説得力を削がれてしまう。このような論法は、人格攻撃の詭弁である。

厳密には、合葬墓の使用料と、永代供養料は異なる。永代供養には合葬墓の使用、位牌の預かり、お盆・彼岸・年回忌の供養の委託、寺院護持費の前払いなどが含まれる。洞松寺では、その家その家の状況に応じて話し合い、これらを組み合わせていくというやり方を取っている。例えば合葬墓に納骨しても、家族が元気なうちはと法事をその都度行い、護持会費も毎年納めるという方もいらっしゃる。

合葬墓に入れればそれで終わりというわけではないのだが、それで終わりにしてもかまわないと考えている方が増えているのも事実で、現に檀家さんでない方が合葬墓に納骨だけしていくという場合も時々ある。このようなケースはもっと増えていくだろう。

墓じまいの需要が増えている背景(家族観・死生観の変化、働き方の多様化、少子高齢化)に目を向ければ、そこに悩みや不安をもっている方々にどう向き合うか手腕が問われるところで、頬かむりをしてけしからんとか言っている暇はない。

法華七喩

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佐々木閑『大乗仏教―ブッダの教えはどこへ向かうのか』でまとめられていた「法華七喩」を講読。声聞・独覚・菩薩の三乗を方便として、最終的には誰でも仏になれる一乗があることが、法華経の中では「三車火宅」など7つの喩え話で示されている。お経では細部まで描かれているものもあり、実話に基づいているのではないかと思うほど。

一番納得感があったのは、目的地が遠くて諦めそうになっているのを途中にごほうびを設けて導く「化城宝処」。実際、気の遠くなるような長い仕事も、小さい目標を設定していくといつの間にか終わる。考えるほど深みが感じられるのは、気付かれないように衣の端に縫い付けられていた宝玉に気付く「衣裏繋珠」。上杉謙信の「宝在心」も、これに触発されたものだろうか。

七番目の喩えとして如来寿量品に出てくる「良医病子」は一番おなじみで、一休さんの「毒の水飴」はこれのパロディなのではないかと思った。

六波羅蜜

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お彼岸ということで、お寺の法話の会で六波羅蜜を実践できるかたちに言い換えてみた。お墓参りや写経もいいけど、こういうことをするとポイント(功徳)が貯まりますよと。今日から1週間、私も心がけている。

6つもあると難しいかなと思ったが、かえってコンプリート欲求が高まってきて、「これはまだやってないから、やってみよう」という気持ちになる。

  1. 布施波羅蜜→人にどんどんあげる、もらい手のないものはどんどん捨てる
  2. 持戒波羅蜜→陰口を言わない/付き合わない、丁寧な言葉づかい
  3. 忍辱波羅蜜→何か言われても目くじらを立てないで受け流す
  4. 精進波羅蜜→家を掃除する、気になっていたところを片付ける
  5. 静慮波羅蜜→仏壇の前でお参りした後に深呼吸してから立つ
  6. 般若波羅蜜→仏教の本を何でもいいので借りるか買ってきて読む

十六善神

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大般若会では、中央正面に「十六善神図」という掛け軸をかけ、読経の前に礼拝する。この十六善神とは仏法を守護する16柱の神様たちで、掛け軸では鎧を着て武器を持つ。名前はサンスクリット語で、見たこともないような難しい漢字で音写されている。「インダラ神王」はインドラ(帝釈天)で、「クベーロ神王」はクベーラ(毘沙門天)であろうことは予想していたが、このたび説明を頼まれたので改めて調べてみた。

十六善神といってもいろんな組み合わせがあるようだが、大般若会で礼拝されるのは『陀羅尼集経』第三に説かれる「十六大夜叉将」。夜叉とは人を食べる恐ろしい鬼神だが、お釈迦様に帰依して仏法を守護するようになり、天龍八部衆のひとつに数えられている。しかしひとつひとつ見ていくと、全部が夜叉ではない。

①達哩底囉瑟吒/提頭頼吒神王(ダイズラダじんのう) धृतराष्ट्र/Dhrtarāshtra/ドリタラーシュトラ
持国天。四天王、東方守護

②禁毘嚕神王(キンビロじんのう) कुम्भीर/Kumbhīra/クンビーラ
金毘羅。ガンジス川の水運の神、薬師如来十二神将の筆頭。鰐、日本では蛇型。十二神将

③嚩日嚕神王(バサロじんのう) वज्र/Vajra/ヴァジュラ
金剛力士、仁王、執金剛神。金剛杵を執って仏法を守護する。十二神将

④迦尾嚕神王(カビロじんのう) कपिल/Kapila/カピラ?
聖仙?

⑤彌覩嚕神王(ミャキロじんのう) मिहिर/Mihira/ミヒラ
太陽神? 十二神将

⑥哆怒毘(ドンドビじんのう)神王 दण्डवत्/Dandavat/ダンダヴァット?
大軍勢を持つ者?

⑦阿儞嚕神王(アニロじんのう) अनिल/Anila/アニラ
風神(ヴァーユ)。原人プルシャの生気から生まれ、帝釈天と共に空界を占める。十二神将

⑧娑儞嚕神王(シャニロじんのう) शाण्डिल्य/Śāndilya/シャーンディリヤ
聖仙? 十二神将

⑨印捺嚕神王(インダロじんのう) इन्द्र/Indra/インドラ
帝釈天。金剛杵をもち雷を操る神々の王。十二神将

⑩波夷嚕神王(バイロじんのう) पज्र/Pajra/パジュラ
月の神? 十二神将

⑪摩尾嚕神王(マクロじんのう) महोरग/Mahoraga/マホーラガ
摩睺羅伽。帝釈天配下の大うわばみ。天龍八部衆、十二神将

⑫嬌尾嚕神王(クビロじんのう) गुपिल/Gupila/グピラ?
守護者?

⑬眞特嚕神王(シンダロじんのう) किंनर/Kimnara/キンナラ
緊那羅。美妙な音声をもち歌舞をなす帝釈天配下の楽神。天龍八部衆、十二神将

⑭嚩吒徒嚕神王(バタドロじんのう) भट्टधर/Bhattadhara/バッタダラ?
王の維持者?

⑮尾迦嚕神王(ビカロじんのう) विकराल/Vikarāla/ヴィカラーラ
ドゥルガー。3つの目と10ないし18本の腕を持つ戦いの女神。十二神将

⑯倶吠嚕神王(クベイロじんのう) कुबेर/Kubera/クベーラ
毘沙門天/多聞天。富と財宝の神、夜叉族の王、北方守護。四天王

※神王は『陀羅尼集経』第三では「大将」
※謎の神様の梵名は梵英辞書から推定

伝記では、十六善神は十二神将+四天王とされているが(『塵添壒囊抄』)、実際は一般的な十二神将から10柱、四天王から2柱で、あとの4柱は謎の神様である。十六善神に入っていない十二神将は安底羅大将(Andīra アンディーラ)、招杜羅大将(Catura チャトゥラ)、十六善神に入っていない四天王は増長天(Virūdhaka ヴィルーダカ)、広目天(VirūpākSa ヴィルーパアクシャ)、十二神将でも四天王でもない十六善神は迦尾嚕神王、哆怒毘神王、嬌尾嚕神王、嚩吒徒嚕神王。

掛軸での配置については「金剛智の図式は中央に釈迦牟尼仏を安置し、その左右両辺に文殊と普賢、法涌と阿難、玄奘と深沙大将を相対せしめ、更にその左辺の上より順次に提、禁、嚩、迦、彌、哆、阿、娑の八神、その右辺の下より順次に印、波、摩、嬌、眞、嚩、尾、倶の八神を列すと云い、このほかまた常啼、迦葉を図するものあり(『名相問答録』)」とあり、左上から下に行き、右下から上にいくという順序になっている。とはいえ実際にはどれも同じような姿・持ち物で区別しにくい。お寺さんで、掛軸や理趣分品の経典に十六善神図があったら改めてご覧頂きたい。

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