Buddhism: 2000年7月アーカイブ

御開帳

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今日は赤地蔵堂の御本尊を初めて見た.文化4(1807)年にこのお堂が作られ,以降いくたびか改修をしているようだが,今生きている人でご本尊を見たことがある人はいないらしかった.なぜなら,5重に囲まれているからだ.
まず,お堂の入り口.鍵を開けて入る.
次に正面の扉.留め金を外して開ける.
次に大きな社.屋根を外さないと中の厨子が取り出せないようになっている.
次にその厨子.扉は実はダミーで開かず,やはり上の屋根を外さないと中をみることができない.
そして厨子の中にまた箱.箱を取り出してふたを開ける.ふたには釘が打ってあり,釘を外してやっと開いた.
この5重のガードをかいくぐって見たものは,木造の20センチくらいの黒いお地蔵様であった.相当古い感じだ.
お地蔵様の側に恵比寿と小さい箱が2つ.1つはミニ地蔵で,もう1つにはなぜか大黒天が入っている.箱にある文字から20センチの方が延命地蔵,ミニが子易地蔵らしい.この箱に地蔵真言が書いてあり,その筆跡から私の祖父(故人)のものと判断された.ということは,この前に開帳してからせいぜい30年ぐらいしか経っていないことになる.
写真を撮って元通りにしまう.出すのもしまうのも一苦労で,数十年に1度しか開帳しない訳がわかった.
ご本尊は古さから彫刻がぼやけてしまっていたが,200年もの間,この村の人たちが手を合わせてきただけの貫禄がある.胸がじんとなった.

だんまぱだ

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愚かな人と長い道のりを歩くのは,心が安まらない.愚かな人と住むのは,常に辛い.−仇敵と住むようなものである.
心ある人と住むのは楽しい.−親族に出会うようなものである.(ダンマパダ207)
「愚か者」とは,学のないものという意味ではなく,自己中心に生きている人,自分さえよければ他人などどうでもよいという人である.そのような人と住めば,自分ばかりが傷つく.
「心ある人」とは他人のことを思いやりながら自分を立てている人である.お互いに相手の立場や考えを知り,心を通い合わせながら一緒に暮らしていくことは楽しい.
この2つの対句には落とし穴があるように思われる.非常にわかりやすいこの格言が,自分を愛する人とだけ交際し,自分と相容れない人と交際しないという人間の取捨選択を述べていると考えるならば,それは危険である.
「怨憎会苦」という言葉がある.愚かな人と住む苦しみである.しかしこれは,愚かな人との接触を断つことによって解消されるものではない.それではどんどん自分を孤独に追い込んでいくことになるだろう.
この格言は「人を選べ」ということを教えるのではなく,あくまで自分が「愚かな人」ではなく「心ある人」であれということを教えているのだ.さらにこれを皆が実践し達成すれば,すばらしい世の中になるという釈尊の壮大な世界計画であろう.
自分が変わらなければ状況は全く変わらないのだ.
(この文は奈良先生の引用をもとに考察したものである)

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