Buddhism: 2006年3月アーカイブ

三県合同梅花流研究会(宮城・秋保温泉)に参加。宮城・山形・福島から僧侶と奥様方が集まり、1泊2日にわたって御詠歌の研修をする。私は初めての参加。
まず仰天したのが驚異の欠席率(笑)。150名も名簿に名前があったのに開講式にいたのは半分で、その後の講習も誰も座らない座布団が空しく広がっていた。
何しろ、このところ寒さが緩んでお葬式シーズンだ。今日がお葬式、今しがた檀家さんが亡くなったとはじめから来なかったり来ても1時間で帰ったり。うちのお寺では何もなく最後まで参加できたのは50%ぐらいの幸運だったようだ。
夜になると、仕事も終わって人も増えた。懇親会の始まりである。この研修会は、御詠歌よりも懇親会がメインのような気がする。
懇親会は、美味しい料理とお酒に舌鼓を打って竜宮城にいる浦島太郎。乾杯が始まってすぐ、ほろ酔いの中で頭に浮かんだのはこの言葉。こんなことをしていていいのかな、オレ?
無常迅速 生死事大
各宜醒覚 慎勿放逸
そんな感慨もそこそこに、宮城チームのマツケンサンバを皮切りに各県の出し物が始まる。うちのチームは恋のマイアヒでパラパラ。
この出し物にかける労力は並大抵ではない。来る前に2回、この出し物のために集まって練習してきた。係の人がビデオを見て研究し、振り付けを紙に書いて配布。延々と練習していた。さらに装束も気合はいりまくりだ。エルビスプレスリー、男装、女装、皆予めパーティグッズを入手してきている。私は白いブレザーにチョンマゲで勝負。
高校の部活・大学のサークルと、余興には命を燃やしていた。
踊りの最中にそのときの興奮がよみがえってくる。練習しすぎたせいで、踊りがあまりに揃いすぎてしまい、観客は呆気に取られていた。後から「準備はご無理のないよう、ほどほどに」といわれる始末。
終わりには全員で手をつないで輪になり、「今日の日はさようなら」を斉唱。こういうとき、お寺も宗教団体だったことを思い出す。
二次会は山形チームでカラオケ。当然のように「携帯哀歌」と「青のり」を歌う。母もいるのでちょっと恥ずかしい。さらにラーメンを食べに行く人たちや国分町(仙台の夜の繁華街)もいたが、部屋に帰ってNHK教育の「中国語会話」「フランス語会話」「イタリア語会話」「アラビア語会話」を立て続けに見た。
翌朝も講習、そして閉講式は略布薩だった。正座1時間×5回はかなり堪える。畳の上でないせいか座布団があってももう足が痛くて痛くて……。
この研修会は2年に1度開かれているが、もうやめたらという声も聞かれるそうだ。驚異の欠席率に加えて、講習よりも懇親会という実のなさ、宴会の余興の心配など、そう思わざるを得ない点が多々ある。息抜きとはいえ何をやっているのだろうかと。
しかし、御詠歌は技術の向上が目的ではあるまい。主任講師から「結局は信仰」という話を聞いたとき、人と人のつながりを大切にしながら、ひとつのことを続けていく。遠回りに見えてもそういう道筋もあるのかなと思った。

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