Buddhism: 2007年1月アーカイブ

近くのご寺院で寺族(住職の家族)のお葬式に参列。寺族だといっても、次第は一般と大きく変わらない。枕飯と水をお供えして枕経、旅装束をさせて入棺、釘を打ち込んで出棺、線香を焚いて火葬、収骨して帰り安位。そして葬儀を行う。

今回気になって仕方なかったのは葬儀屋さんの司会進行である。以前にも(「葬儀屋さんの司会」)で台詞がマニュアル調でしかもクサすぎると思ったり、「経験不足だとどうしても不自然になりがち」と聞いたりしていたが、今回頭をもたげたのは「なぜそこまで仕切るのか?」という疑問。

「皆様、合掌をお願い致します」
「これより○○の儀に移ります。本来この式は……」
「それでは喪主様よりご焼香下さい」

一般家庭で、僧侶のいないところで司会進行するのであればこれでもよい。しかし今回は、経験豊富な老僧や布教師がずらりと並んでいるのだ。その皆が、言われたとおりに合掌したりしているはもったいなさすぎる。僧侶って、単なるお経読みのBGM係なの?

古来より冠婚葬祭では、主催者代表(喪主・祭主)と執行役の長(葬司、祭司)がいる。祭主は必要な物資を用意するところまではするが、後は祭司が中身を取り仕切る。僧侶が在家の葬儀に関わるとき、その立場は祭司でなければならないはずだ。

それが今日、あまりに葬儀屋さん任せになってしまっており、祭司の座を降りてしまった感がある。葬儀屋さんに代わって仕切れといわれても、仕切れるのはせいぜい葬式の当日だけで、それ以外の臨終作法となると覚束ない。その行き着く先は、僧侶不要論にほかならない。

というわけで今回の疑問はつきつめると「(葬儀屋さんが)なぜそこまで仕切るのか?」ではなく「(僧侶が葬儀屋さんに)なぜそこまで仕切らせるのか?」ということになる。

ここで「アーナンダよ。お前たちは、修行完成者(=釈尊)の遺骨の供養にかかずらうな。どうか、お前たちは、正しい目的のために努力せよ。」(『ブッダ最後の旅』)と説いた釈尊を引き合いに出して、僧侶の務めは祭司ではない、葬儀を通した自己の修業であり、衆生の教化である、というならば、BGM係にそんな大層なことができるのだろうか。そもそも、在家葬を基盤にして中世に全国に展開した寺院の跡を継ぐ者は今更そんなことを言えまい。

これからは、葬儀屋さんと良好な関係を築きながら、葬儀の次第を事細かに学んで、葬儀屋さんに代わって仕切れる僧侶になるべきだと思う。葬祭ディレクターの講習でも受けたらどうだろうか。

(この話は葬儀屋さんが不要だと言っているのではない。遺体搬送から、葬具の手配、湯灌や死化粧など多岐にわたる葬儀屋さんの仕事は、今は欠かせないものとなっている。)

大般若会(2)

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今年2回目の大般若会が近くの寺院で行われたので随喜する。
配役を堂頭さん(住職)に尋ねると話し合って決めてほしいということで、若い衆で話し合ったところ侍者になった。

侍者というのは、導師の斜め後ろに控えて必要なものを出したり下げたりする重要な仕事である。導師の場合、多少間違っていても全体がそれに合わせてくれるからあまり問題は起こらないが、侍者が何か間違ったり忘れたりすると法要はぶち壊しになる。

記憶ではいつも知殿(裏方)ばかりしていて侍者など初めてかもしれない。それが法要の10分前に決まり、何とか無事にいってくれと祈る気分で開式となった。

差定(法要の次第)は入堂、拈香法語、上香献茶湯、普同三拝、浄道場、般若心経読誦、大般若転読、消災呪読経、回向、普同三拝、散堂。

一応無事に終わったけれども、般若心経読誦で導師が薫香に進前するとき、柄炉をもって付き添うのが遅れたのと、礼盤に移動するとき坐具の移動を忘れて指示されたのと、回向中に読み込み帳を配り忘れそうになって指示されたところが失点。でも回向中の進退も怪しかった。

消災呪を読み終わって導師が礼盤から降りたとき、(導師とぶつからないように)東序側から坐具を移動。ついで前机から柄炉を取って導師に渡し、礼盤前から鈴を取って導師に渡す。

次に読み込み帳を両班に配るが、今回はその前に導師にも読み込み帳と法語を渡さなければならなかった。読み込みが終わったら回収(ついでにいうと配布と回収の順番もデタラメ)。そして露柱の陰で待機し、回向終了近くに柄炉と鈴を使い終わったのを見計らって下げるわけだが、そのタイミングが難しい。

さらに、入堂直後と散堂直前に、導師は両班に出向いて一礼することになっている。このとき払子はもたないので、今日は礼盤の上に置かれたが、侍者が受け取るべきだったと思う。

寺に戻って法式の本を見て復習するも、上記のような細かい点はほとんど記されていない。導師によって進退が異なるので、侍者はそれに合わせろということなのだろう。初めてではとても無理ですって。

こうしてみると法要とはひとつの劇である。主役である導師を引き立たせるには脇役の気配りが大事。今日の脇役は満足できる出来ではなかったが、よい勉強をさせていただいたものだと思う。来週、再来週もほかのお寺で行われるので、今日学んだことを忘れないようにして、もうちょっとましにやってみたい。

千葉に住む檀家さんの葬儀に行ってきた。といってもつくばからなので往復2時間ちょっと。通夜ぶるまいで遺族とじっくりお話してから帰宅でき、翌朝は長女を保育所に送ってから葬儀に向かうことができた。保育所に衣で行くのは初めてだったので、先生方は目を丸くしていた。

今回の通夜・葬儀は当然のようにセレモニーホール。住職研修会で、宗務所長から「葬儀はなるべく自宅かお寺で。セレモニーホールはやむを得ない場合のみ」という声がけに共感して以来、無意識に身構えるようになった。

会場に到着してすぐ祭壇をチェック。花いっぱいに飾られていて風流を愛する故人らしいと思ったが、中央奥に本尊がない。

「仏様は、ないのでしょうか?」
「は?(仏様=棺の中の故人と思っている葬儀屋さん)」
「えーと、本尊様のことです。お釈迦様。」
「あぁ…でもこの辺りのご寺院様方は、皆このような祭壇でやっていらっしゃいますよ」

皆がやっているから従うという理屈は、日本人らしいと言えるが私はあまり好きでない。学校などの集団生活でなら理解できるが、ここは宗教の場だ。

ちなみに、ここで葬儀屋さんが「うちは上座部流でして(初期仏教の図や彫刻では、釈尊の位置は空位になっている)」なんて返してきたら意気投合したかもしれない。

「それは、(ほかのご寺院さんが)見て見ぬふりをしているか、(本尊の必要を)御存知ないんでしょう。ないんですか、ご本尊。」
「ありません……」

我ながらずいぶんきついことを言ったものだとすぐ反省。

「いやいや、確かめたかっただけです。どうぞ気になさらないで下さい。すみませんでしたね。」

山形のセレモニーホールでは祭壇中央の奥は神棚のようになっていて、本尊が入っているのかもしれないが扉で隠されている。宗派によって本尊を変えるのがたいへんなのかもしれない。

しかし葬儀を通して私が合掌や礼拝をするとき、その対象は故人ではなく本尊である。「どうぞ、この方をよいところにお導きください」と思いながら合掌礼拝する。本尊が中央にないと、どうしても気持ちを集中できなくなってしまう。

自宅(仏壇がある場合)やお寺には、ちゃんと魂の入った本尊がある。その前で行ってこそ、果報が生じるというものではないだろうか。今度セレモニーホールだったら、マイ本尊を持ち込もうかな。

大般若会

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昨日は恒例の大般若会(だいはんにゃえ)。お隣のご寺院と毎年交替で行っているため、2年に1回当番が回ってくる。住職になって5回目にもなり、法要の進め方を心配することはなくなったが、その代わり油断して抜けが多かった。

今回準備を忘れていて危なかったのは導師机の香炉と鈴。それとご寺院にお礼のお金を包む可漏。坐具は前回忘れそうになったがセーフ。法要が始まる直前まで硯を擦ったり走り回ったり。

もっとも、大般若会だけに集中できない年だったこともある。前日は庫裏の建築について、屋根はどうする、壁はどうするといった打ち合わせに3時間。当日の朝は9時から長女を保育所の一時託児(赤ちゃんは妻がつくばで見ている)。それからお隣の寺の葬儀の伴僧。

葬儀を11時半に終えて、12時からようやく大般若の準備に取りかかる。お札を並べたり、灰ならしをしたりしているうちに13時。次々とお客様がやってくる。ここで可漏を書いていないことに気づき、大慌てで硯を摺る。書き終えてすぐ着替えると、もう法要開始の時間だった。

法要は一部、経本を入れる木箱の蓋が開かないなどトラブルがあったものの無事終了。終わってお手伝いいただいたご寺院にご挨拶、引き続き総代・役員との会議、飲み会。庫裏の改築については、段取りが悪い私にしては何とか順調に進んでいるようだ。

終わったのは19時で、酔いを醒ましながら後片付け。ちなみに長女は17時に母に迎えに行ってもらった。久しぶりに同じ年代の子どもたちと遊んで楽しかったようだ。

翌日まで、私は9時間、長女は11時間も眠ってしまったのは言うまでもない。

さて大般若会だが、若年層の寺院離れ・神社離れはこんな田舎にも足をしのばせてきているようで、参詣者は激減、寄付額も伸び悩んでいる。役員が寄付をお願いにいくと「大般若って何?」と訊かれるそうなので今回は小さい紙を作って添付した(下記)。次に当番が来る再来年にはもう少し賑やかにできるような手をほかにも打ってみたい。

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新春のお慶びを申し上げます。
「大般若会」は、『西遊記』で知られる三蔵法師が漢訳した『大般若経』六百巻を読んで除災招福を祈祷する儀式です。一巻ずつ全て読めば何日もかかるため、近隣のご寺院さんと手分けして転読(ぱらぱらめくって読む)します。このお経を読んだり聞いたりすれば、天の神様がひれ伏し、悪魔は退散し、諸仏菩薩は常にお守り下さると説かれており、その功徳は限りがありません。
仏教では「縁」という人と人のつながりを重んじ、助け合って仲良い暮らしを送る中に幸せを見出します。草岡地区の「大般若会」が全戸にご参加をお願いしておりますのも、みんなが幸せになってこそ、各人が幸せになるという考えに則っております。今年一年の皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。
平成十九年元旦 住職
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公益法人と寺院

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お正月三が日は例年通り。朝のご祈祷でも年始客のご接待でも、つらいとも楽しいとも感じなくなってきているあたり、スキーマが形成されたのかもしれない。そういうときこそ、惰性にならないようにしたいと思う。元旦は「檀那を敬うこと仏の如くすべし」を意識しながら接待申し上げた。

元旦に届いた有道会会報に「公益法人制度における宗教法人としての対応と課題」という興味深い記事。

昨年6月に「一般社団法人法」と「公益社団法人法」が制定され、平成20年12月までに施行されることになっている。これによってこれまで一律だった公益法人が、簡単に設立できる一般社団法人・財団法人と、(組織や会計面での)厳しい基準をクリアして認定される公益法人に分かれるという。

優遇税制を受けるには、後者に認定される必要がある。ここでもし寺院などの宗教法人にもこの法律が適用されるならば、厳しい基準をクリアするか、それができなければ法人税を払わなければならない。

講演をした曹洞宗顧問弁護士によれば、この法律が適用される可能性は10?20%だという。理由の第一は憲法に定められている政教分離規定。これで国が寺院の公益性を認定したり、監視したりすることに歯止めがかけられる。

「だから皆さんは、高祖様の聖典と言われる正法眼蔵とともに憲法20条1項を頭の上に両方の聖典としてあがめてもよいと思います。ほんとうにそのぐらい皆さんを守ってくれる非常にいい武器なんです。他の学校法人等の公益法人にはありません。憲法が守ってくれるんです。皆さんを。」

そしてもうひとつ、適用される可能性が低い理由は徴税コストだという。この法律を寺院に適用したとして、大寺院はすぐに組織を整備して公益法人に認定されるだろう。それがままならない中小寺院から徴税してもたかが知れているというのだ。

「公益認定を満たすような大寺院からは取れないわけだから、一番お金を取りたい所から取れないで零細寺院からばかり取ることになるから。」

ただ可能性が0でない理由は世論である。葬儀や法事のお布施をいくらいくらと規定し(対価行為)、そのお金で贅沢な暮らしをしていては、いくら給与分は所得税を納めているといっても何でお寺から税金を取らないんだという話になるのは無理もない。

「世論というのは移ろいやすいので、世論を敵に回すとよろしくないというので、言動は皆さん要注意ですからね。それぞれ、さすがご住職は違うという日々の清らかな暮らしをしていただかないと。」

……なるほどー。それからというもの、自分のお寺の公益性とは何だろうかと考え始めた。

新法が適用されるか否かに関わらず、寺院が宗教法人として非課税になっているのは、国に代わって公益・公共の福祉を果たしているからである。

確かに大事な家族を喪った遺族に、葬儀や法事を通じて前向きに生きる道を見つけてもらうというのは公共の福祉と言ってよい。しかしそれだけで十分なのだろうか。特定の檀家さんに偏っていては公益といえないのではないか。

世論が公益とみなすものには地域に開かれた寺院をめざして坐禅会やイベントなどを開いたり、老人施設を訪れたりボランティアに参加したり、非戦運動を展開するなどのいわゆるエンゲージド・ブッディズムなどがある。ボードゲームなどによる子育て支援は、昨年8月の「今どき寺子屋体験」で少し手ごたえをつかんだ。

ただ、ここまでくると住職と寺族だけでは限界があるのも事実。人の縁をもっと深くして、お寺づくりを進めていきたい。それが今年の抱負です。

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