Buddhism: 2011年8月アーカイブ

曹洞宗でよく読まれている修証義の第一章に続いて、第五章も現代語に訳してみた。第1章は悪因苦果への言及が多く、決して気持ちよく読めるものではないが、第5章は感謝がテーマなのですっきりする。インド人しか悟れないとか、雀や亀が恩返しするとか、現代的にはあまり受け入れられそうにない話もあるが、そのあたりは素朴に読んでおきたい。

第1章と同じく、法事などで読んでもらうことを前提として、逐語訳にしたり注釈を加えたりせず、思い切って意訳してできるだけ短くしている。それでも原文と比べて文字数が3割くらい増えた。

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修証義 行持報恩(現代語訳)

菩提心を起こすということは、多くは須弥山の南方に住む人にしかできないことです。私達も縁あって、この人間世界に生を受け、お釈迦様の教えに出えたこと、何と嬉しいことでしょうか。心静かに思いめぐらしましょう。正しい教えが世に広まっていない時は、正しい教えのために身も心も捧げようと思っても叶いません。正しい教えに出えた今の私達を喜ぶべきなのです。実に、お釈迦様が仰るように、最高の悟りを教えて下さる師匠と出逢うには、生まれにも、顔や容貌にも、欠点にも、行状にもとらわれず、真実の智慧を大事にして、毎日朝昼晩に仏様を礼拝し敬い、煩悩の心を起こさないようにしなければなりません。今、私達が仏教に出逢えたのは、お釈迦様とそのお弟子様たちが代々伝えてきた慈悲のおかげです。これがなかったら、どうして今日まで伝わることができたでしょうか。一句の言葉、一つの教えさえも、感謝しなければなりません。ましてや仏教の多くの教えに対するご恩に感謝しないことがありましょうか。雀や亀ですら助けられた恩を忘れず、助けてくれた人を守り続けました。動物ですら恩を忘れません。人間がどうして恩義を知らずにいられるでしょうか。その恩返しはほかでもなく、ただ毎日の生活しかありません。すなわち、一日一日の生命をおろそかにせず、自分だけのために使うまいと生きることです。時が経つのは矢よりも速く、人の生命は草の葉の露よりもはかないものです。どんな手段で、過ぎ去った一日を取り返すことができるでしょうか。むなしく長生きしたところで、後悔ばかりの日々と、悲しむべき肉体しかありません。しかしそんな煩悩に支配された百年の間に、一日でも誠実に生きれば、百年の生涯だけでなく、来世の百年も救われるのです。この一日の生命は、かけがえのない大切な生命です。誠実に生きる生命を、自分自身でも敬いましょう。私達の生活によって仏様の生命が顕れ、仏様の大いなる道が通じます。したがって私達の一日一日の生活は仏様の種であり、仏様の生活そのものです。仏様とはお釈迦様のことです。お釈迦様とは、私達の純粋な心です。過去現在未来の仏様は、みなお釈迦様となるのです。これが心こそ仏様ということです。誰の心が仏様なのか、よく考え生活していきましょう。こうして仏様のご恩に報いることができるのです。
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お寺の経本が古くなったのを機に、オリジナルの経本を作ることにした。お葬式で読んでもらう修証義第1章・同第5章・般若心経に、この頃法事で読んでいる慈経、そして慈悲の瞑想と御和讃供養編の歌詞、さらに修証義第1章・同第5章・般若心経の現代語訳を加えた。現在、ゲラ刷りが終わって校正中である。

十善業と十重禁戒

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曹洞宗のお葬式では、最初に戒名を授ける式で16条の戒律を示す。仏法僧への三帰戒、悪を作らず、善に励み、人を救い助けるという三聚浄戒、そして人としてやってはいけない十重禁戒である。

この十重禁戒は、最初の五戒までは覚えやすいが、残りの五戒はすぐに思い出せなかった。内容的に重なっていたり、お坊さんへの利益誘導とも取られかねない条文が入っているためである。

1.不殺生戒 殺してはならない
2.不偸盗戒 盗んではならない
3.不貪婬戒 浮気をしてはならない
4.不妄語戒 偽りの言葉を口にしてはならない
5.不酤酒戒 買ってまで酒を飲んではならない
6.不説過戒 他人の過ちをあげつらってはならない
7.不自讃毀他戒 自らをほめ、他をそしってはならない
8.不慳法財戒 他に施すことを惜しんではならない
9.不瞋恚戒 怒りに燃えて自分を失ってはならない
10.不謗三宝戒 仏法僧の三宝を謗り、不信の念を起こしてはならない

これを、十善業と並べてみると覚えやすいことがわかった。十善業は、身・口・意の順に並んでおり、身体に関わる戒律が1〜3、言葉に関わる戒律が4〜7、心に関わる戒律が8〜10となっている。そして8〜10は、貪瞋痴の三毒に対応している。

1.不殺生
2.不偸盗
3.不邪淫
4.不妄語
5.不綺語 おべっかを言ってはならない
6.不悪口 悪口を言ってはならない
7.不両舌 二枚舌を使ってはならない
8.不慳貪 欲張ってはならない
9.不瞋恚
10.不邪見 仏教を否定するものの見方をしてはならない

十重禁戒は不酤酒戒を加え、不綺語、不悪口、不両舌の3つをを不説過戒・不自讃毀他戒の2つにまとめたものと考えれば、合点がいく。不慳法財戒も、「もっとお布施下さい」という意味ではなくて、貪りをなくすことが主眼であり、不謗三宝戒は「お坊さんの悪口を言うな」ではなくて、仏教によって無知をなくすことが主眼である。お坊さんが仏教に外れていれば、それを批判するのは悪口でも謗三宝でもない。

さて、現代においてこの10の戒律の中で最も大切なものは不瞋恚であると、このごろよく思う。仕事でも、家庭でも、怒りで我を失ったがために信頼を失い、取り返しがつかなくなるケースをよく見るからである。特に、酒を飲んでそうなるのは本当にたちが悪い。

このごろ法事で『慈経』を読んでいるが、読んだ人が最も感銘を受けるのは次の部分である。「うちの父ちゃんに聞かせてあげたい」と。それだけ怒りというものに手を焼いている人が多いのだろう。

「どんな場合でも、人を欺いたり、軽んじたりしてはいけません。怒鳴ったり、腹を立てたり、お互いに人の苦しみを望んではいけません。」

穏やかな人であり続けようと願うこと。これは、仏道の修行だけでなく、社会生活においても大切なことである。

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