Diary: 2006年6月アーカイブ

客来すぎ

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朝の8時から夜の8時まで来客ラッシュ。明日の葬儀の遣い、供え物届け、祭壇設営、引き出物届け、境内の草刈、境内墓地の契約、墓地の造成見積もり、墓地参道の工事、その見学、庫裏新築の下調べ、子ども会の行事打ち合わせ、宅急便……当初の予定では夜の打ち合わせだけだったはずだが。
お客様の合間を縫って境内の掃除、そして檀家さんが床屋をオープンするというので祈祷、そして明日の葬儀で使う書き物。詰め込みすぎた。体が順応すると、一仕事終えると休む気も起きず次の仕事を探してしまう(そして、仕事はいくらでもある)。危険なことだ。
境内の清掃では、初めてブロアーが登場した。ガソリンエンジンでモーターを回し、強力な風を送る機械で、落ち葉を吹き飛ばすのに使う。昨年、イチョウの葉を片付けるために購入したものだが、すぐ雪が降ってしまい未使用のままだった。
今日は今まで大汗をかいて1時間もかかって箒で掃いていたところをわずか5分という鮮烈なデビュー。葉っぱもゴミも波状に飛んでいくさまは壮観である。これからも活躍してくれそうだ。
夜は子ども会の会長さんがいらっしゃって一泊坐禅会の打ち合わせ。何年か前、近くの公民館で行われた教育座談会で私が「いかにして地域で(非親を巻き込んで)子どもを育てるか」という問題を提起したところに、会長さんが目をつけたという。おそらく当地区で初めての試みである。
私の狙いは2つあって、ひとつはいのちの教育、もうひとつはボードゲーム。
いのちの教育は近年大いに叫ばれているが、学校が政教分離のもと避けて通っている宗教なしには教えられるものではないと私は思っている。なぜなら死を通してしか、いのちの意味は分からず、死は宗教が最も深く扱っている問題だからだ。
ボードゲームは私の単なる趣味だが、外遊びもできず、テレビゲーム一辺倒の子どもたちにコミュニケーションスキルを楽しみながら身に着けてもらえればいいなと思っている。
というわけで、お寺でボードゲーム&坐禅という通常ありえない組み合わせの行事が8月に開かれる。さあ、どうなることやら。ゲームの選定とインストラクターの確保を、ぼちぼちやっていこう。

帰ったらまた

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昨日は午前中火葬、午後から葬儀、帰宅してほっとしているとすぐ訃報が入って枕経。檀家数200件ほどのお寺では、こんなことも珍しい。すっかり気を吐いたので早々と就寝した。
お葬式で伴僧にいらした和尚さんからいろいろ聞く。税理士もなさっているので法人関係に明るい。
まず檀家総会をするかどうか。うちの寺では総代会(5名)、役員会(20名)を行って、檀家総会(200名)は大きな行事がある年だけ開いている。しかし「お金を集める年だけ総会をするのか」という批判もあって毎年開催も考えているが、さすがに年3回も集まるのは集めるほうも集まるほうもたいへん。
和尚さんのお寺では代議員制度を設け、総会はしないようにしているという。大和尚になる大法要では、説明のために総会を設けたが、出席したのがたった10名。それでは意味がない。
うちのお寺は現在役員会が代議員会のような役割を持っているが、それを定める文面はない。規約を作って毎年恒例のことは役員会の決議が効力をもつとしたほうがよさそうだ。
それから伴僧のお布施は帳簿にどうつけたらよいか。伴僧というのは、お寺から頼まれて葬式のお手伝いをするもので、そのお寺からお布施をもらったことにするとそれは給与になり、源泉徴収の対象になる(日雇い)。それでは頼んだほうのお寺の税務がたいへんだし、記載していなければ査察が入ったときに問題になる。
そこで帳簿には寺名・施主名と表記し、施主から直接頂くかたちをとる。そうすれば布施収入となるので非課税だ(もっとも国会で審議されている宗教法人法の改正によっては、これも課税対象になる可能性はある)。
なるほど勉強になるなあと。

まごころに生きる

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曹洞宗は今月初めに札幌で開かれた梅花流全国大会にて、新曲『まごころに生きる』を発表した。作詞作曲は南こうせつ。九州の曹洞宗寺院の三男坊なのだとか。
お坊さんでない人が作った曲はこれまで古賀政男の『彼岸御和讃』があったが、あれは唱歌のようでいまひとつ。今回はどうなるだろうと興味津々だったが、かなりいい曲だった。
これが一番の歌詞。ホロリと来た。解説では「諸行無常」「諸法実相」を説くという。
(一)そよ吹く風に小鳥啼き  川の流れもささやくよ
   季節の花はうつりゆき  愛しい人は今いずこ
   ほほえみひとつ涙ひとつ 出逢いも別れも抱きしめて
   生きてる今を愛して行こう
旋律の特色はファ音を基調とする四七抜き音階。つまりシとミがない。ド音を基調としない曲は涅槃御詠歌に続いて二曲目だが、長調は初めてである。
それ以上にこれまでにない大きな特徴が、拍速70。たいていの詠讃歌は38〜50だったので、異様な速さだ。この速さでは3,4拍目の鈴が振れないため、鳴鈴は3拍目だけとする。
さらに詠衆は詠頭が唱え始めたら撞木も鈴ももって準備する。いつも通り撞木だけをもっていたのでは、鳴鈴が間に合わない。
……こんな講習会が今日の9:00〜15:00。私は助講ということで講習の手伝いをしていた。昼に鴨そばが出たが、昨日の昼は八郷でしゃもそば、夜は宇都宮で天ぷらそばを食べていたことは内緒にしてある。
講習会が終わってから寺に戻り、16:00から寺役員会。決算・予算の承認など。日記でも以前にまとめたが清め塩、シダミ、六曜は迷信であることを強調し、生前戒名を全員に勧める。
今最も難航しているのが総代人事。総代長が体調不良で辞意を表明し、後任選びが難航している。
かつて総代はしかるべき家(いわゆる庄屋)の当主にのみ許されるポストであった。うちのお寺も基本はその路線だが、そのしかるべき家というのが5件しかなく、その中に後継者がいない家や親族関係にある家があって、総代の定数を確保できなくなった。
となると総代の次に来る地区役員の中から、長年の業績があった人物を繰り上げるしかない。地区役員経験のない人物では、お寺のしきたりを知らないまま総代になってはつらい。
しかも総代は最低10年は勤めてもらいたい役職。そうなるとあまり年配の人に頼むわけにもいかない。60代半ばが限度。長年の業績がある50〜60代というと2,3人ほどしかいなかった。つまり、代々地区役員をしている家で、父親が早くして亡くなり、交替して30代くらいからずっと役員をしているという方々だ。
その中で最も有力とされていた方が、他の業務と家庭の事情を理由に断られた。「気力がない」という言葉は勧誘をあきらめさせるのに十分だった。
そこでどうするかという相談。30ちょっとの住職では、やれと強く言うこともできない。ひとまず経過を関係者に伝えて、互選で決めてもらうか、無理だったら総代に一任してもらうようにしてはというアドバイス。こういう段取りは苦手なもので、たいへん勉強になった。
役員会終了22:30。長い一日だった。明日も朝から法事ですよ。

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