Diary: 2009年11月アーカイブ

消尽と散財

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昨日の演奏会はステージ裏でステマネ。演奏は壁越しにしか聴けなかったが、よい演奏会だったようだ。

速攻で帰るフルートの方を赤湯駅までお送りして、そのまま打ち上げに出ず帰宅。翌日の荷物準備や浄髪をして早めに休む。ブログを見たところ、無事に帰れたようだ。車中、子育てやプーランクの話が楽しかった。

今日はまた朝にヴァイオリンとパーカッションの奏者を2人、赤湯駅までお送りして、そのまま同じ新幹線で静岡へ。東京駅でモバイルスイカから紙チケットへ切り替えているうちに乗り換えぎりぎりになったが、予定通り静岡に到着。駅前の浮月楼というところで御詠歌の講習会。徳川慶喜の隠居所だったとかで、すごく高級ですよ?

講習の先生は私が敬愛してやまない静岡の加藤先生という方で、もう第一線は退かれているがいつお聴きしても学ぶところが多い。久しぶりの仲間とリラックスしてお唱えできた。

ただ、懇親会では一次会からコンパニオンフル出動で、話し込んでいるところに割り込んでくるし、話をするにもこちらが気を遣うばかりで正直要らない。コンパニオンなしだったら10000円以上安くなったはず。二次会はカラオケボックス、三次会はなしで十分だが、お坊さんにこういう感覚の人は少ないのだろうか。

三次会のカラオケで歌ったのは次の6曲でウケがよかった順に○△×。このごろアーティストが3つに偏っているので、こういうときのために新規開拓をしておきたい。

嘉門達夫
・替え歌メドレー3 △
・鼻から牛乳最終章 ○
・あったらこわいセレナーデ ×
ブリーフ&トランクス
・青のり ○
東京プリン
・ウーロン茶じゃだめですか △
・合コン哀歌 ○

明日は9時半から御詠歌の聖地に巡礼して、終わったら木のおもちゃ屋さん百町森に立ち寄り取材、終わったら新幹線で東京に戻り、都内滞在のホームである秋葉原に向かう。

全力疾走の5日間

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今日もシンケンジャーとダブルを見て出発!(一緒に見ているはずの長男は、プリキュアになってやっとTV前に到着。)

9時から2時間、保育園の雪囲い。重い棒を運んで腰が痛い。

帰ってすぐ着替えて、11時から法事。元気にお寺にいらしていた方が亡くなると、3回忌くらいになってもまだ生きているような気がしてならない。

法事先から移動して、12時から兼務寺の総会。檀家さんの寄付による建物修繕が承認された。その後、全員でお餅を食べ、そのまま役員で反省会。80過ぎの社長さんが親から教えられたという「人が嫌がることを進んでやれ」という家訓が心に残る。

17時に白鷹町のホールに移動して、リハーサル見学。弾き振りなのでアインザッツが難しそうだが、若い音楽家の演奏は活力に溢れている。

家に法事と総会の引き出物を置いて、19時から飯豊町のがまの湯で開かれた前夜祭へ。超一流の指揮者のギャラと大本山の禅師のお布施ではどちらが高額かなんていう下世話な話。でも今や音楽家も住職もサービス業の時代である。

21時半に帰宅したらちょうど赤ちゃんをお風呂に入れるところだったのでほんの少し手伝い。それから明日のコンサートで配布するチラシを作って、今度の日曜日のTGFで配布する原稿を書いて現在に至る。今日は休む暇のない1日だった。

明日は朝からチラシの印刷、公開ゲネプロ、昼の部の演奏、夜の部の演奏、打ち上げとコンサートな1日。

24日は静岡で御詠歌の一泊講習会。翌25日はボードゲームの日で、百町森、イエサブ、R&Rステーションをはしごして上野に泊まる。

26日に山形に帰って、夜に御詠歌の練習会。27日も御詠歌の講習会。検定前の追い込みである。ここまで5日間、体調を崩さないで乗り切られるといいのだが。

加点法

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去年、御詠歌の先生のお寺に行ってお習いしていたときの話である。
「おのさんは、楽器を今もやってるんですか?」
「ずっと吹いてないです。練習してないと、自分ではこれくらいできるはずだと思っているのにできなくて。」
「おのさんはどうか分からないけれど、高学歴の人って減点法で考えちゃんだよね。加点法で考えればいいのに。」

トロンボーンは、小学生の頃から15年ほど吹いてきたが、住職になって以来、10年近く遠ざかっていた。練習する時間も仲間もなかったのである。たまに音を出しても屁のような音しか出ないとモチベーションが上がらない。

実は近所に映画『スウィングガールズ』を機に発足したジャズバンドがあって、5年ほど活動している。友人からよく誘われていたが、この度、山形に定住して初めて参加できることになった。今日が本番で、あやめ公演で行われた「夢灯」というイベントのアトラクション。屋外なので寒かった。

その練習の中で、自分に言い聞かせていたのが上記の「加点法」である。1曲通して吹いてみて、できないところを挙げればきりがない。それで落ち込むよりは、できないことを前提にして、ここはできた、ここもできたと積み重ねていくことにした。(もっとも、加点法だって演奏に点数をつける行為に変わりはないから、ほんとうはそんなことも気にしないのがベストだけれど。)

そうするとすこぶる気持ちがよい。幸い、できなくても文句を言われることもなかったのは、もしかするとこのバンド自体も加点法的で前向きなのかもしれない。

3回だけの練習で迎えた本番。家でおさらいしておこうと思ったが、結局そんな時間は全くなかった。『ルパン三世』『シングシングシング』など30分ほどの演奏。出来は自分ではこれまでで一番の内容だった。だいたい練習では音がスカスカで出なかったわけだから、出ただけでも嬉しい。

演奏は、スポーツなどと一緒で、最低限度のスキルが求められる。しかし、そのスキルにこだわっていては、いつまでも楽しめない。ストレスが溜まるようではまともな音も出なくなり、自滅してしまう。ブランクを置いたおかげで、そんな呪縛から脱出できたような気がした。

ただ、趣味として楽しんでいくには、ボードゲームのように月1,2回程度ではモノにならないから、レギュラーは無理かな。半年に1回、2〜3週間練習して発表するくらいのペースだったらよい。

音楽の連休

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白鷹町のコンサートがいよいよ23日に迫った。YBCのピヨ卵ワイドの街角掲示板に1分間出演。今週は3回実行委員会があって、先ほど帰ってきた。

もともとこのホールは230人ほどしか入らないホールで、昼夜の2回公演になっている。チケットの売上は昼は概ね満席だが、夜が半分にも満たない。年配や遠方の方は昼を好むためである。でもこのままでは奏者に失礼なので、明日と明後日で、地元で最後のお願いをするつもり。

今回来る28名の奏者は東京藝大の卒業生が中心で、大阪フィルのコンマスの長原さんをはじめ経歴を見ると驚くようなメンバーばかり。海外留学中とか、そのまま外国在住とか、ソロでCDをリリースしているとか。そんな奏者がオーケストラを組んで、いったいどんな演奏になるのか想像もつかない。

そんな方々が、格安の演奏料で来て下さる。それでもリハーサルのために3泊するので、チケット収入では到底まかないきれない。その分を広告料でカバーしたり、プログラム印刷も食事も切り詰めたりしてはいるが、赤字は避けられない見通しだ。

以前、同じように大赤字で1回だけ自分がかぶったことがあり(旅行会社への不払いで訴えられる寸前だった)、そのとき肩代わりしてもらった妻に、未だに返済し終わっていない。それ以来、主催者の代表にはならないようにしている。今回も赤字対策を可能な限り講じたが、最終的に誰がかぶるのか心配である。

経費のことを考えると暗くなってしまうが、それはさておき当日は司会を仰せつかっている。曲間にクラシック音楽を堅苦しく感じさせないようなトークをすることになっているが、ジョドプーリーを着たお坊さんが出てくれば、いくら笑顔を装っても別の意味で堅苦しいのではないだろうか。

その前に明日の午後、あやめ公演で「夢灯」というイベントがあり、友人の誘いで急遽、屋外のジャズライブにエキストラで参加することになった。2年ぶりにトロンボーンを吹く。寒いだろうなー。

永代供養墓

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つい最近まで、お墓を建てる人は、お墓を子孫が管理してくれることを当然と考えていた。現に自分も、親も、その親も、先祖代々そうしてきたからである。

ところが、世の中をよく見渡してみると、子供がいなかったり、いても結婚していなかったり、結婚していても遠くに住んでいたりして、田舎のお墓を子孫が管理することは難しいことが多い。家観念は消えかけ、少子化と過疎化が拍車をかける。

そんな中、檀家さんから永代供養墓について相談を受けた。現在は本家のお墓を間借りしているが、このままでは申し訳ないし、かといって新しいお墓を建てても管理する人がいないという。また、法事で行く先々で、将来にわたるお墓の管理について話をすると、心配の種になっているという方が多くいらっしゃった。

そこで境内の墓地スペースを使って永代供養墓を作ることにした。跡継ぎがいなくなったお墓を毎年掃除してくれといわれても住職一人では限界があるが、ここに一緒に納骨して頂ければ、お寺が続く限り管理できるだろう。

石屋さんに相談したところ、仏像などの下にまとめて納骨するタイプと、石室の中に棚があるタイプ、外に棚があるタイプの2種類を提示され、3番目を選んだ。そして出来上がったのが写真。4階建てのお墓のマンションである。

部屋は12部屋で、骨壺が1つ入る「シングルルーム」が4部屋、骨壺が3つまで入る「ツインルーム」が8部屋ある。各部屋の石版には戒名を彫ることができる。このほかに、仏像の下に「大部屋」がある。

永代供養墓はまとめて納骨するタイプが多いが、お骨がほかの人のものと混ざるのは私は好きではない。また、土に返すという考えもしていない。お骨は仏舎利であり、一個人が人生を全うした証拠と思うからだ。そこでマンションタイプをメインにした(この辺は個人的な死生観であって、それ以外のかたちを否定するものでは決してない)。

仏像は中国の職人が写真や絵図から彫り出せるので、どんなものでもよいと石屋さんが言う。そこでインドの写真を送った。インド滞在中に最も感動した仏像であるサールナート(鹿野苑)博物館の釈迦牟尼仏である。オリジナルは細身だったが多少アレンジしてもらって、触地印を法界定印に変更。衣がセーターみたいであったかそうだ。

点眼供養はまだこれからで、その前に手前に石碑を1つ建てることにしている。石碑の言葉を現在考え中。

学級閉鎖

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先週の週末から、新型インフルエンザのため長女の小学校が学級閉鎖、長男の保育園が全園閉鎖となった。土日祝をはさむため、平日休みは3日だが、全く罹患していない2人はすでに今日あたりから力をもて余し気味。

自動車学校の免許合宿の大学生が関東からもちこんだウィルスが、教官を通して広まったなどという噂が流れているらしい。ホントか?

小学校からは外出禁止令が出ているが、保育園からは人ごみを避けましょうという程度だったので、この時とばかりにお出かけ案を練る。昨日は米沢で開かれた東南アジア人のホームステイ歓迎レセプションへ。ブルネイから2人来ていたが、どこにある国か知らなかった。

今日は15時に仕事を終えて小国に紅葉見物。と思ったら大雨で、片洞門休憩所でたかきびソフトを食べ、その先の「森のめぐみ」できのこ汁を食べてきただけ。家からは片道30分だった。片洞門は国道から徒歩10分で、旧道でバスが崖に転落したときに作った観音像があるらしい。行ってみたい。

今計画しているのは、鶴岡に列車で行く一泊の旅。バスを使わないと、長井線―奥羽本線―陸羽西線―羽越本線というルートと、長井線―米坂線―羽越本線というルートがあり、どちらも東京往復くらい時間がかかる。おとなしく車で行くべきか?(後日談:結局祖母の反対で断念)

翻訳とか、書類作成とかいろいろたまっているし、新型インフルエンザで死者というニュースは恐いけれど、貴重な休みを有効活用したいし、家にいても罹るときは罹る。とりあえず今日は夜更かしして、明日は遅起きだ。

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