Diary: 2010年1月アーカイブ

またもや税額変更

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所得税の計算で小学生でもしないような計算間違いをして、税務署と市役所に行ってきたことは先の日記に書いた通りである。ところが税額の変更が発生して、また税務署と市役所に行かなければならなくなってしまった。今年になってからもう4回目である。

なぜ変更が起こったかというと、私が妻の被扶養者になっているからだ。被扶養者として控除や手当てを受けるには、年収を103万円に抑えなければならない。そこでお寺からの給与の大部分を母が受け取ることによって調整している。母は障害者の祖母と同居しているので控除額が大きい。

お寺の給与は毎月一定額支払われていることになっているが、お寺の収入は毎月一定ではないので、実際は使った分だけを半年に1回、6で割って計算している。そのため給与額は暫定的なものであり、また世帯主は母なので、使う額から言ってもこの振り分けは実際とかけ離れていない。

問題は、私の収入がお寺だけでないことで、1月20日を過ぎるといろいろなところから源泉徴収票が送られてくる。今年は4ヶ所あって、中にはすっかり忘れているものもあった。そのためすでに申告したお寺の給料を合わせると103万円をオーバー。そこでオーバーした分を母に振り分けなおして、改めて申告する必要が生じたというわけである。

書類を書き直してもっていくと、3度目であるにもかかわらず税務署も市役所も愛想よく引き受けてくれた。税額は3500円の増だが、控除や手当はこんなものではない。心からほっとした。

檀家さんには大きな声で言えないが、このような収入状況である分、家事や子育てをしっかりすることが求められる。つまり主夫である。

税金を払いすぎた

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住職になってこの方、税務を自力でやっているのだが、恥ずかしくなるようなミスをした。給与所得から控除を引いた額に、5%をかけて年税を計算するのだが、そこでなぜか÷5なんていう計算をしてしまったのだ。つまり税率20%。北欧諸国かよ。電卓を長男が壊して、携帯で計算したから調子が狂ったのかもしれない。

市役所に源泉徴収票を提出したときにチェックしてもらって発覚した。手書きの源泉徴収票は誰でも書けるから印鑑を押してもう一度来てくださいというので、印刷のほうが誰でも作れるでしょう、手書きは筆跡が分かるから印鑑の有無は問題にならないなどと食い下がった矢先のこと。結局出直しということになって赤面した。

すでに郵便局に振り込んで、税務署に書類を提出してしまっていたので、これから「誤納付還付申請」というものをしなければならない。小学生のような計算ミスで二度手間になるのはへこむ。

近隣のご寺院さんの多くは税理士に頼んでいる。そうすればこんな手間はかからないし、税務署の査察が入っても堂々とお見せできる帳簿を作ってもらえる。もっと年を取ったら頼むことにするかもしれない。

お寺の収入はつまるところお葬式の回数によって変動するから、年によって大きく異なる。給与もそれに従って変動しており、年末調整の仕方も変わる。前半期に源泉徴収をしすぎると還付請求の手間がかかるので、前半期は少なめに納付しておくのがコツ。昨年はそれも失敗したので、通常の還付申請もしなければならない。

人権擁護委員

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暮れに市役所の方がいらっしゃって、人権擁護委員への就任をお願いされた。去年は市の仏教会の事務局長として、火葬場の件で何度も市役所に足を運んだので、顔を覚えられてしまったらしい。

Wikipediaによると、人権擁護委員とは「当該市町村の住民で、人格識見高く、広く社会の実情に通じ、人権擁護について理解のある社会事業家、教育者、報道新聞の業務に携わる者等及び弁護士会その他婦人、労働者、青年等の団体であって直接間接に人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する団体の構成員」という。でも、そういった資質よりも、ボランティアということと、人権相談などの任務が平日の昼間しかないことから、なり手がなかなか見つからないらしい。結局公務員を定年で退職した人になりやすいという。

曹洞宗では町田事件※以来、さまざまな人権問題に取り組み、研修会では必ず人権学習のコマを設けているため、私もそれなりの勉強をしてきたが、お寺はいまだに院号だとか信士号だとか言って戒名(による家柄の)差別をしているので、堂々と返事することができなかった。

「戒名は世間の格であって成仏に早い遅いはない」というならば、どうしてそんな世間の格にお寺が関わるのかという問題が起こる。「お寺に貢献があった人に贈る感謝状です」というならば、よい戒名を頂いた人は善行を積んでいるわけだから、成仏が早いのではないかとも思う。では皆同じく院号にといえば、要らないという人もいる。戒名の種類と寺費(毎年お寺に納めるお金)が連動しているので、全員一律にすれば、安かった人ほど上がるので文句が出る。何年かに一度の改訂で、少しずつならしていくのが精一杯である。

それはさておき、理念よりも現実である。物理的に住職&子育てと両立するならば引き受けようと思った。前任者はちょうどお寺の総代さんだったので、任務内容をお聞きしてみた。市役所や法務局の窓口での人権相談は、実際は嫁姑の愚痴を聞くぐらいのもので、込み入ってきたら適切なところを紹介するだけ。それ以外に、自主的な活動として、学校でのいじめ問題対策として、啓発活動をするという。

「忙しくないとは言えませんが、住職なら十分できると思います。」その総代さんの言葉に勇気付けられ、引き受けることにした。年明けに市役所にいって引き受ける旨を伝えると、職員はたいへんほっとしている様子。あと2人、新任者が見つからなくて困っているのだという。

今、履歴書を作っているところ。3月の市議会で承認されれば、4月から研修などを経て任務が始まる。1期3年。

※町田事件:1979年、アメリカで開催された第3回世界宗教者平和会議に全日本仏教会理事長として出席した町田宗夫・元曹洞宗宗務総長が、再三にわたり「日本に部落問題はない」「100年ほど前にあったことで今はない」「部落問題を理由にしてさわぐ一部の人がいるだけ」などの差別発言を繰り返し、報告書から部落問題についての言及部分を削除させてしまった差別事件。

毎年2回、お正月明けとお盆明けに、近くの温泉付き貸し別荘でボードゲーム合宿を行っている。2003年から始まっているので、もう8年目。ここの別荘は10人で素泊まり2万円と破格値で、食費とあわせても3000円前後で収まる。

今回は年末に引いた風邪で咳がまだ残っているので、温泉も入らず、宿泊を遠慮して夜は家に帰って寝た。家までは車で10分以内で着く。さらに今回は、行く前に大般若の法要があったので遅れて参加。

翌朝は清掃と支払いのために行く。泊まり組は6時まで起きていたそうで、ぐっすりお休みだった。

午後からは母がママさんスキーに行くので、子どもたちを連れてついていき、スキー場で延々ソリすべり。吹雪だったが、50mくらい一気に滑り降りるのは見ていても楽しい。休憩したヒュッテでは、子どもたちがアイスクリーム、ジュース、ポテトチップ、カップラーメンと飲み食いしまくるそばで読書。

帰宅して夕食を取り、夜はヤハハエロという小正月行事の御祈祷。猛吹雪の中でお経を読むのは体にこたえる。終わってから公民館で温まりながら懇親していたところに訃報。すぐ帰宅して枕経セット(経本と手帳と線香)を取り、枕経と御詠歌をあげてきた。これじゃ咳は治らない。

4回目の帰宅で今日は終わり。メールを打ったりブログを更新したりしているうちにもうこんな時間。明日は寝坊しそうだ。

初夢

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我が家では、2日の夜に枕の下に折り紙の宝船を入れて寝る。去年まで祖母が「長き夜の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな」と書いていたが、今年は長女作。

そして明け方に見た夢。

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檀家さんのところで今度生まれる赤ちゃんの名前を「反郎(そりろう)」でどうかと相談してきた。それはどうかなと思いつつ、秋田に名付けで有名な方がいるので相談しにいくことにする。7人で行くのに車が5人乗りなので、山道を通って歩いていくことにした。
途中その檀家さんの家に立ち寄ったところ、前に生まれて亡くなった赤ちゃんがそのまま放置され、腐臭を放っていた。そこで簡単なお葬式をしてから出発。ところが山道に入った瞬間、大きな水たまりがあって、しかも蛇が泳いでいる。足を入れた瞬間寄ってくるのを見て、同行者のおばさんが「ムリムリ」と言い出し、秋田行きは中止。引き返してパーティをすることになる。
パーティ会場はこぎれいな洋館だったが、壁一面に小便器がずらりと並んでいて食欲が減退する。ろくに食べずにおしゃべりだけして帰った。
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一富士、二鷹、三茄子の次は四雪隠に五葬式だという。四等賞と五等賞(茄子あたりから残念賞っぽいけれど)。

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