Diary: 2010年3月アーカイブ

次女と5日間

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いよいよ妻の育児休業が終わり、来週から職場復帰となる。春休み中の長女と長男を連れて、今日から埼玉の実家に帰省した。私と次女(1歳1ヶ月)はお留守番。

長女は今回のお出かけをずっと楽しみにしていて、春休みの宿題も1日で終わらせ、昨日からリュックを背負っているほど。今日も出かける前は「あと○分」と分読みでカウントダウンしていた。長男も浮かれて周囲を踊っている。

次女が妻と離れるのはこれが初めてである。日中は母も面倒を見てくれるし大丈夫だと思うが、夜がどうなるか未知数だ。泣き声が上の2人より大きいので、これまでやってきた「私が無視して寝る→子供が泣きつかれて寝る」ができそうにない。

赤ちゃん夜ぐっすり!の秘訣8か条

を見ると、寝る直前にたっぷりミルクをあげるのが有効そう。実際、昨日と一昨日はおっぱいを抑えてミルクを飲ませたらいつもよりよく眠った。1歳になったら哺乳瓶は使わないほうがよいというが、この際背に腹は代えられない。

妻は4月1日だけ出勤して、また子供たちといったん帰ってくる。2日に次女の保育園の入園式に行って、週明けから本格的な単身赴任を始める(とはいえ当分週末には帰ってくる予定だが)。これからの5日間は、そのリハーサルといったところだ。

御詠歌の研修会

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昨日から今日にかけて、天童温泉にて福島・宮城・山形の三県合同梅花流講習会が開かれ、参加してきた。今回は講師が6人もおり、きめ細やかな指導にたいへん満足した。

最初の全体講習は、梅花流の手本となった密厳流による法具の説明。禅宗には密教的な要素が多分にあるが、陀羅尼にしろ印相にしろ解説されることはまずない。密教だからわざと解説しないのか、それとも解説できるだけの知識を持ち合わせていないのか分からないが、基本的なところは押さえておきたい。

袱紗や鉦敷で梅花紋の周囲に書かれた華は「宝相華」だそうである。ササン朝ペルシア伝来の花文様を基礎に、中国の唐代に神仙の世界や仏教の極楽浄土などの空想の楽園に咲く花という概念により、さまざまな花の美しい部分を組合せて、作り出された空想の花だという(ソース)。「空華(khapuSpa)」は、インドの哲学文献において「実在しないけれども、言葉で言い表されるもの」の例としてよく出てくる。関係あるのかな。

ほかにも釈迦紋の「バク」の意味とか、御詠歌のもとは声明であり、声明のもとは仏典の韻文(シュローカ)にあるとか、三宝御和讃のもとになった曲には実は四番があったとか。

 教えのもとはいづくぞと
 仏の道をたずぬるに
 いつも変わらぬものはただ
 まことひとつの心なり

終わって班別講習。私のクラスは、受講者が3人だけだったので、1時間の講習だと1人20分も取ってもらえる。先日密厳流のCDを聞いて、お経のような力強い発声に惹かれ試してみたところ、やはり強弱をもっと付けるようにと指導された。

密厳流だけでなく、梅花流も当初はお経のような発声だったのである。そのことはカセットやレコード時代の録音を聞くとよく分かる。そして個性的だった。上向き音でもアタリを入れたり、1拍のツヤで5回当たったりする。声質もシャープで誰が唱えているか、一発で分かる。

それが50年以上経って、いつの間にか梅花流は画一的で柔らかいお唱えになっている。西洋音楽の発声法や楽理を取り入れたからだろうと先生は仰ったが、指導が行き渡っているということでもあろう。特派の巡回先で、梅花流が西洋音楽になってしまったことを残念がる方もいらっしゃったという。

西洋音楽風の御詠歌は確かに聴き心地がよい。でも門風というものを時々見直してみるのは大事なことだと思う。今回は、一緒に受講した年配の和尚さんのお唱えがまさに門風を感じさせる素晴らしいものだった。

宴会の日本舞踊もうまくいって、二次会はカラオケボックスで『ラーメン大好き小池さんの歌』などを絶唱。久々に発散した感じがする。今日も午前中は講習があり、お昼には河北町の一寸亭というお店で肉そばを食べて帰ってきた。

次回となる再来年は、私の管内が当番となる。人手不足の中、やりおおせることはできるだろうか心配だったが、今回参加して大事なのはスタッフの人数ではなく、志気だということに気づかされた。

朝の日課

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長女が小学校に入って早いもので1年。ようやく朝のスケジュールが固まりつつある。

6:20 起床 長女を起こす・着替え・洗面
6:30 テレビ体操 お湯を沸かす・PCでメールとmixiのチェック
6:45 朝食を作る 長女は朝読み・髪とかし・テレビ
7:10 朝食を出す 仏様に食事と水・お茶をあげて朝のお勤め
7:30 長女登校 朝食を食べる・新聞を読む
8:00 次女・長男起床 朝食を出す・洗濯もの干し
8:50 長男登園 バス乗り場まで送り

子供の起床時間や機嫌はイレギュラーなところもあるが、ルーティンワークになるとあまり忙しさは感じない。近所の勤め人は8時始業だから、それと比べるとだいぶ余裕がある。

妻と母はそれぞれ次女・祖母の世話のため夜が遅く、だいたい7:10頃から登場。子供と一緒にご飯を食べてもらったり、次女にご飯を食べさせたりするほか、洗濯もの干しや長男の送り、日によって弁当作りをする。

9:00から16:00は仕事がなければだいたい自分の時間(次女の世話は妻任せ)。勉強にしろ、ブログ更新にしろ、翻訳にしろ、ほとんどPCの前にいる。運動不足になるわけだ(朝のテレビ体操をしているのは長女だけで、私はメールのチェックをしながら部分的にやるだけ)。

来月からは妻がいなくなり、次女が保育園に通い始める。もう少しタイトなスケジュールになりそうだ。

法事札

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お正月に、お寺では今年法事が当たっている方の法事札を張り出す。いつから始まったのか分からないが、近隣の寺院はどこでもやっていることであり、珍しいものではない。

どこのお寺もそうだが、法事札には戒名、俗名、享年、地区、現在の当主、続柄、回忌年数などが記されている。お正月に年始にいらした檀家さんは、これを見て今年自分の家で法事がないかを確かめる。法事が終われば住職がその分をはがし、1年かけて少しずつ札がなくなるという仕組みだ。

この法事札、個人情報保護の観点から問題があるのではないかということが数年前にあった。でもそのときは、全員に承諾を得る必要はなく、掲示拒否の申し出がなければ掲載してかまわないという通知が出された。

しかし、去年になって、掲示拒否の申し出がなくとも、法事札の掲示は望ましくないという見解を本庁で聞いてきたという方がいた。理由は相変わらず個人情報保護だったが、どうも法事をしない人の急増が背景にあるのではないかと思っている。

お坊さんを呼ばないでお墓参りだけとか、そもそも法事をしないとか、そんなかたちが増えているらしい。いわゆる寺離れである。確かに、意味の分からないお経を読んで、檀家さんとゆっくり話をせずにすぐ帰っていくお坊さんには、ありがたいと思う暇もないし、お布施のし甲斐もない。

今はお葬式もお坊さんを呼ばないで行う人が増えているのに、まして法事で呼ぶはずもない。お坊さんが法事に呼ばれなくなれば、お寺に法事札を貼っておいても仕方がない。

田舎ではまだましである。法事をしないと、法事札はずっとお寺に貼られたままになる。これが田舎では無言の圧力になることが多い。残された法事札を見た本家や親戚が、早くしろよと忠告するからである。

お寺としてはそういって促してもらえるのはありがたいが、一歩間違えると、世間体のために法事をするというような話になりかねない。そんな法事は早晩形骸化する。無言の強制力で、施主家の自主性を失わせ、法事を形骸化させる恐れが、法事札の掲示にはあるかもしれない。

お寺がお葬式や法事ではもう成り立たない時代が近づいている。しかし今一度、法事は何のために行うのか(もちろん、亡くなった人の祟りを恐れてなどでは決してない)を説明するとともに、やってよかったと思われる法事にしたいと思う。

副貫首選挙

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今日は本山の副貫首選挙の投票日で、立会人をしてきた。副貫首は次期に禅師(本山の住職)となる重要な役職である。同じく選挙で就任された善寶寺の方丈さんが昨年遷化されたため、その後任を決めるための選挙ということになる。

僧侶の世界では根回しが徹底されるせいか、無投票になることが多く、選挙は珍しい。毎日のように両陣営から手紙や葉書が届いたが、今回は誹謗合戦にならなくてよかった。前回は、これが本当に僧侶の書いたものかと思うような見苦しい誹謗もあった。

この選挙、国政選挙のように本格的で驚いた。投票箱に何も入っていないことを確認して施錠。鍵は封筒に入れて押印する。選挙人名簿を参照し、投票用紙を渡して投票受付。投票終了後、投票箱は紙の帯で封をしてまた押印。余った投票用紙は本庁へ簡易書留で返送。そして立会人とともに開票所に届ける。報告書を提出し押印。さらにここから別の立会人のもと開票作業が行われ、結果が本庁に報告される。本庁は、投票数と残票数を足して、発行数になることを確認した上で有効になるという。

これが今日、全国一斉に行われているのである。事務費用のほか、立会人には日当も出る。果たしてそこまでかける意味はあるのかとは思ったが、ダライラマのように、亡くなった禅師の生まれ変わりを見つけて、その子を育てれば……とはいかないか。

開票所から直接長井線に乗って都内へ移動。夕方からは大学で講演会がある。

今日の勉強

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勉強することが珍しくなくなるまで、しばらくこのタイトルで。

ムンバイ版との照合作業は7/60。夕方から始めたのであまり進まず。

8日に送る日本印度学仏教学会発表の発表要旨をささっと作成。ゲーム的にものを見る癖がついているなと実感した。まあ、古代・中世インドのディベートにもルールがあるわけで。

今日はあと『ボードゲーム・ジャンクション』の書評と『哲学としての仏教』のレビューを書いたり、ドイツ人の原稿を翻訳したりと、ずっとPCの前。

明日は午後から上京して夕方の講演会に出る。『今回の講演会では、日本ではなじみの薄い非パーニニ系の文法学諸派の特徴と、パーニニ系及び非パーニニ系諸派における「文法学の目的」に関する哲学的議論についてお話いただく予定です。』という案内だったが、どこまでマイナーな話になるか楽しみである。

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学会発表要旨
六主張論議(SaTkoTika/SaTpakSin)は、仏教徒とニヤーヤ学派が取り上げる議論の形式で、『廻諍論』、『方便心論』、『ニヤーヤスートラ』(2〜3世紀)に収められている。立論者と反論者が、対立する主張と反論を交互に3回ずつ提示するもので、『ニヤーヤスートラ』では両者ともに敗北し、『廻諍論』と『方便心論』は反論者の勝利と判定している。

ニヤーヤ学派で両者ともに敗北と判定されるのは、他説追認(matAnujJA)と繰り返し(punarukta)という2つの敗北の場合に該当するからだが、ウダヤナ(1050-1100A.D.)は著書『ニヤーヤ・パリシシュタ』において新たに詳細な解説を加えた。その中で、三主張論議・四主張論議・五主張論議もありうることを述べ、数が増減する理由を、立論者と反論者のほかに、討論の主審と、通常は発言権のない会衆の出番に求めた。敗北の場合に該当することを指摘するべき人が指摘しなかった場合、論議は延長され、次に指摘するべき人の出番になる。

さらに、勝敗ではなく真実を追究する議論では、主審がいなくなり、立論者が自ら訂正する場合が想定される。勝敗を競う議論で自論を訂正したら、その時点で別の主張(pratijJAntara)という敗北になってしまう。

このように、古い伝承を、実際の議論の場面に当てはめて解釈しなおしたウダヤナの独創性を提示するとともに、当時の議論のあり方を討論会の次第や役職と合わせて見直す。

今日の勉強

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後輩の結婚披露宴から帰ってきて、まだ熱意が冷めていないので勉強した。ファイルの最終アクセスが2007年3月だったので、実に3年ぶりで手をつけたことになる。印刷した訳注を探すのに30分くらいかかってしまった。

ちなみにインド留学中に、A4で200ページほどのテキスト校訂と訳注を作っており、そのまま博論にするつもりだった。だが先生に見せたら、もっと解説を入れるようにとの指示が出た。そこで序文を書き始めて、いろんな本を読んでいるうちに、執筆が完全に止まってしまったという次第。

今日の勉強は休んでいる間に刊行されていたムンバイ版(K.ジャー編)とのテキスト照合。4/60ページくらい。系統としてはマドラス写本・ティルパティ版で、コルカタ版を適宜参照したようだ。コンピュータ製本で読みやすい。ヒンディー語の序文が15ページほどあるので読んでみよう。今月中に照合が終われば、あらためて博論に取り掛かることができる。

あとそれから9月の学会申込が来週8日までなので、それまでに発表要旨を作る。8年ぶりの発表となる今回は、ウダヤナによる六主張論議と審判・会衆の役割について発表してみたい。

さらに今週の木曜日には、インド留学中にずっとサンスクリット文法学を習っていた先生が東大にいらっしゃる。上野に1泊して聴講する予定。

あの結婚披露宴がきっかけで、一夜にして研究者に戻ったのは不思議なことである。

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