Diary: 2011年9月アーカイブ

異安心

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『超訳 ブッダの言葉』や『偽善入門』などを著し、このごろメディア露出度が高い僧侶、小池龍之介師が、浄土真宗から破門されていた。仏教教団で最も思い罰である波羅夷(教団追放)である。

破門の経緯は、小池師のお寺のホームページに記載されている。浄土真宗と異なる教義を流布したことが原因で住職申請が認められず、お寺を宗派から離脱・単立化させたため、他宗派の寺院を設立して活動してはならないという規定に基づき、破門されたということのようだ。

浄土真宗と事なる教義を流布したことについて、小池師は「仏教とは釈迦の教えを根幹にしたものであり、浄土真宗も仏教である以上は、釈迦の教えに学ぶのも修行をするのも決しておかしなことではありません。釈迦の教えと浄土真宗の教えが相反するというのであれば、浄土真宗は仏教ではなくなってしまうということにならないでしょうか」と反論している。

小池氏は東大教養学部(ドイツ地域文化研究)卒で、理論派僧侶として「解決!紳助の駆け込み寺」にも出演していた。瞑想をよく説くので、破門よりも真宗の僧侶だったことに驚いたくらいだ。

私もその傾向があるが、理論派というのは原理主義に走りやすく、初期仏教(テーラワーダ仏教)に惹かれていく。初期仏教は、これまで「小乗仏教」と揶揄してきた南伝仏教に多く伝わっており、仏教学の成果もあって近年ようやくその内容が日本に知られ始めている。

ところが日本の伝統仏教は、中国経由で長い年月を経て伝えられてきたものだから、初期仏教とは様相が異なる部分が多い。初期仏教も伝統仏教も重んじて、両者のギャップをどう解決するかが、現代の日本僧侶の課題となっている。小池師も当然この意識はあるのだろうが、反論からは主従関係(浄土真宗が従)が垣間見れる。これでは異安心と取られてしまうだろう。

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異安心(いあんじん)
正統説とは異なった見解・解釈。ことに親鸞が説いた真宗の安心とは異なった異端説をいう。親鸞当時すでに一念他念の諍いがあったが、蓮如のころに至って最も多くこの異端が現れた。十劫秘事・一益法門・施物だのみなどがそれで、その後、地獄秘事・御倉法門などの秘事が現れた。事件としては宝暦十三年(1763)に起こった三業惑乱が最も著名。(仏教語大辞典)
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曹洞宗ではあまりこういったことをいわないが、外道であるバラモン教、特に仏教徒とひたすら対立し続けたウダヤナの研究などして、インドのバラモンに師事したりもしているので、他人事ではない気がする。

ただ、宗派は純粋に教義だけで動いているのではない。教団である以上、政治というものがあり、原則から外れることがあっても、トップに立つ人の鶴の一声や多数決で決まっていくこともある。小池師の破門でもうひとつ思うのは、故郷山口県のお寺の周囲に応援してくれるご寺院さんがいなかったのだろうかということである。

東京で活躍しても、故郷を蔑ろにすれば、しっぺ返しはありうる。宗門系の大学を出ていればまだ知り合いも地元にいて応援してくれるだろうが、東大では孤立無援になりやすい。宗門は僧伽(僧侶の集団)で成り立つ義理と人情の世界なのである。これまた、地元でよく不義理をはたらいている私には、他人事とは思えないところである。

教義のギャップと、人のギャップ。私は初期仏教も道元禅もどちらも同じ価値のあるものだと思うし、近隣のご寺院さんの力添えなしでは何もできない。なので単立化して破門されるなんてことは全く望まないが、フリーの僧侶となった小池師はかえって活動しやすくなったのかもしれない。今後の活躍を祈るところである。

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