Diary: 2014年4月アーカイブ

線香や焼香で発ガン物質が発生する研究。お香の値段は関係ないどころか、高いほうがかえって危なさそうだ。使用は短時間に行い、すぐに換気することが勧められている。

葬祭ホールで焼香の後すぐ、換気扇のスイッチをつけるのは仏様に失礼だとかいう話もあったが、僧侶及び会葬者の「受動喫煙」の観点から見ると、あながち間違いではなかった模様だ。

線香、お香及び蚊取り線香の 煙中ベンゼン濃度

先住忌

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祖父である先代住職の17回忌と、昨年亡くなった祖母の1周忌法要が、19日16時から洞松寺本堂で行われた。

お寺の法事は、檀家さんの法事より準備が多い。導師を務めて下さる和尚さんへのお伺い(「拝請」)、参列して下さる近隣の和尚さんへのお伺い(「披露」)、次第と役割の確認、本堂の準備、卒塔婆書き、控室の準備、お布施・・・一周忌から数えて4年ぶり5回目になるわけだが、前回の反省を書き留めておき、それを見ながら準備を進めた。

とはいえ、1週間前から本山でのお勤め、前々日は奉詠大会、前日は人権擁護委員の支部総会と行事続きで、準備は後回し。それでも何とか間に合ったのは、境内を見まわってくれた役員さん、着々と準備を進めてきた母、お手伝いの嘉藤さん、前日に帰国した叔母、妻、長女といった女性陣のおかげである。私はほとんど、法要の準備に集中できた。

今回の法要のため、物置を改造して新しく和室をひとつ作り、導師の和尚様の控室にした。これまでの庫裏の控室だけでは狭かったためである。和室までの廊下も作ったら、本堂が広く使えるようになった。

また、卒塔婆は8尺のものを大工さんに注文。いつも使っている3尺と同じ縦横比で頼んだら、びっくりするほど大きなものが出来上がってきた。倒れてきたら怪我をしそうなくらいである。長男の太筆を借りて書く。

前日に、導師をお勤め頂くご本寺様から大きな花が届く。これを置いたら内陣から大間への通行ができなくなったので、柱巻きを全部取ってみた。私が住職になってから、柱巻きを取るのは2回目である。すると露柱の聯板が現れ、禅寺らしい落ち着きのある感じになった。

法要は導師が交替して二座。それぞれのお役目の和尚さんたちによって厳粛かつ荘厳な法要となった。「リハーサルなしで、これほど一糸乱れぬ動きができるのはすごい」というのが親戚たちの感想。こちらはただ見ているわけではなく、一緒にお拝をしたり行道に入ったり、焼香したりするのでいつものことながら無我夢中である。

法要が終わってから、中央会館に場所移動して食事。夕方ということもあって、和尚様方にも割合ゆっくりして頂けたと思う。寺役員さんに至ってはみなさん上機嫌で、普段のご労苦を幾分か癒やされたならば幸いである。

今回通して、祖父や祖母への感慨がほとんど湧かなかったのは、時間が経ったせいか、まだ自分のことで精一杯だからか。去る者は日々に疎しにならないよう、こういった機会に生前のことを振り返りたい。

先住忌

本山授戒会

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4月10日から7日間にわたって行われた大本山總持寺そうじじ(横浜・鶴見)の報恩大授戒会じゅかいえに、詠讃師えいさんしとして参加してきた。

授戒会

報恩大授戒会とは、修行僧と一般の信者さんが、禅師様から戒律を受け、その証として御血脈おけちみゃくを授かる行事で、本山では毎年この時期に行われている。期間中は毎日朝から夜遅くまで法要や説教が行われ、たくさんの僧侶が全国から参加する。

御血脈というと、お葬式の日に授かるものだと思っている方が多いかもしれないが、本来は生きているうちに授かるものである。仏教徒として、自分を律して生きていくための拠り所にするのである。

全国から参加する僧侶はそれぞれ係割があり、「寮」と呼ばれる部屋に配属される。詠讃師寮は法要中に御詠歌をお唱えする係である。そこに縁があって声をかけて頂き、参加することになった。

1日の生活は、2時間ほど法要に参加して、2時間ほど休むという繰り返しである。朝は3時50分に振鈴で起床。4時50分から朝のお勤めが始まる。7時頃に終わって朝食と休憩。次は9時30分頃からお昼の法要である。終わったら昼食と休憩。午後は14時頃から法要があり、終わって夕食。夜は19時頃から法要で、終わったらお風呂に入って22時頃寝る。

詠讃師の仕事は、法要の開始時と終了時、導師がお供え物をしている時に御詠歌をお唱えすることである。開始時と終了時は皆で、お供え物をしているときは1人でお唱えする。

ただお唱えしているばかりではない。導師の入堂と御詠歌のタイミングが合うように、導師の送迎係にタイミングを伝えたり、導師の準備が整ったことを詠讃師に伝えたりする合図係もあった。千畳敷の本堂で、たくさんの僧侶が集まっている中、法要を妨げないように御詠歌を入れるのは神経を使う。それでも何とか務めることができたのは、先輩の詠讃師が、懇切丁寧に仕事を教えて下さったおかげである。

詠讃師寮は12名が登録されており、特派で全国の講習会を巡回している先生方もいらっしゃった。どこかでお習いしたことがあるか、一緒に勉強した関係で存じ上げている方が半分以上。年齢も居住地もさまざまだが、初対面の方も含めてみなさん気さくで、リラックスして毎日を送ることができた。また、お唱えのアドバイスだけでなく、作法面の注意点や、梅花流の最新情報までいろいろと教えて頂いて勉強になった。

法要にも最初から最後まで参加する。行道では法華経の普門品ふもんぼん寿量品じゅりょうほん参同契さんどうかい宝鏡三昧ほうきょうざんまいを読む。普門品と寿量品は偈だけでなく全部読むので、お経本が配られる。どちらも滅多に読まないものなので、この機会に集中して読むことができたのもありがたいことだった。普門品は分かりやすいが、寿量品は難解なのでもっと勉強しておきたい。

7日間は長いなと思っていたが、1日のリズムに次第に順応してきて、気がつけばあっという間である。肌寒い日が多かったが体調も良好で過ごすことができた。お世話になった詠讃師寮の方々、留守中に子供たちの世話をしてくれた母に感謝したい。

お寺に帰ってくると、1週間分の仕事がどっさり。早速ほうぼうに電話をしたり、郵便局や銀行に行ったり、書類を作ったりしなければならない。本山にいたほうが心穏やかな日々だったと振り返って思う。

今更だけど

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「やられたらやり返す、恩返しだ!」 掲示の書評判に:ホッとニュース - 47NEWS(よんななニュース)

松江のお寺さんが昨年の暮れ、掲示板に掲載したとのこと。墨書されていると妙に迫力がある。子供たちまで倍返し、倍返しといっていたので、笑いと同時にほっとした。

世間感覚とのズレ

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曹洞宗東北管区教化センター広報(62号)に、葬儀についての座談会が収録されていて、次のような言葉が印象に残った。

近年、僧侶の兼職率が減り、社会の経済価値観とかけ離れた僧が少なくない。特に若い僧侶に顕著である。檀信徒の葬儀が地味になる傾向に対し、山門法要は派手になってきている。地味な檀信徒法要を「よろしくない」ときめつけるのは、僧侶側の感覚がズレているのではないかと思える。(深瀬俊路師)

この視点は決してなくしてはならないものだと思う。そのお布施の額だけ働くのがいかにたいへんなことか、それだけのお布施を受けるに値する人間なのか、頂いたお布施を社会にきちんと還元しているか。ややもすると鈍感になってしまう部分である。

不偸盗戒・与えられざるものを手にすることなかれ。お布施を下さる方の思いをしっかり受け止めなければ、偸盗(お布施どろぼう)と言われても仕方ないだろう。

世間感覚が麻痺しないように、「この金額、どう思う?」とときどき妻に訊ねたりしている。吝嗇はいけないが、出すところ、締めるところのメリハリをしっかりとするように心がけたい。

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