Diary: 2016年5月アーカイブ

不瞋恚

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cakes:クリエイティブな仕事をするためには、怒りも不安も必要

とかくネガティブな感情を封じがちですが、あったほうがよいという話。悟ったような顔でいるよりも親しみがもてます。

「悲しみや怒りなどのネガティブ感情も回避しないで、感情と仲良くなりましょう」
「ポジティブ3にネガティブ1が幸せの黄金比」
「真似でもいいから、怒ってみたり、悲しんでみたりする」

不安:分からないことに注意が向く
恐怖:手に負えないものに注意が向く
悲しみ:無いことに注意が向く
怒り:大切なものがおびやかされることに注意が向く
喜び:獲得したことに注意が向く
安らぎ:満たされていることに注意が向く

僧侶という仕事がクリエイティブかどうかはさておき、不瞋恚不瞋恚とお題目のように唱えるよりも、イライラを受け入れ、別の視点で見てみたいものです。

このごろふと思い出した不瞋恚の言葉集。

怒るな、ラオウ。怒ればやつの術中にはまるぞ。(『北斗の拳』)

全能感を優先的に求めるものは、自分に「力がある」ことを誇示したがるものは、何も「作品」を示さず、他人の創り出したものに無慈悲な批評を下してゆく生き方を選ぶようになります。自分の正味の実力に自信がない人間ほど攻撃的になり、その批評は残忍なものになるのはそのせいです。(内田樹『呪いの時代』)

ストレス発散のために、他人の悪口を書き込んだ後で「ああ、スッキリした」という人、まずいないんですよ。人間の脳は主語を理解できないので、悪口を書き込んだことを自分のことだと理解してしまう。書き込むことで、余計にストレスが溜まることを知ってもらいたいですね。(安川雅史・全国Webカウンセリング協議会理事長)

浄土双六を遊ぶ

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江戸時代の『浄土双六』が復刻され、仲間で遊んでみました。「南閻浮州」からスタートして「仏」を目指します。サイコロには「南」「無」「分」「身」「諸」「仏」の目があり、止まっているマスによってどの目でどこに行くか指示されます。一番下には「永沈」という、入ったらもう出られない地獄があったり、「閻魔」からジャンプアップできるコースがあったりするのも粋なはからいです。

どの目でも一般に「諸」「仏」を出すと上に行けるので、ひたすら「諸仏!」「諸仏!!」と叫びながらサイコロを振ります。まさに念仏です。

今回、私は「羅漢向」で足踏みしていたものの、一気に「左府処」にいって「仏」になれました。ライバルが落ちるをつい祈りたくなりますが、その思いを封じ、「みんな仏になれますように」と念じたのが勝因だったかもしれません。

plenluno:浄土双六 現代語訳版 専用サイコロと駒セット

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