Dream: 2000年1月アーカイブ

私の夢

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夢の検閲官は午後の十一時半,いささか酔いのまわった足どりで,夢の法廷にあらわれた.「早く来てくださらないと困ります」先に来て,自席についていた初老の書記が,これも少し酔った眼を検閲官に向けて苦情を言った.「彼女がそろそろ夢を見はじめるというので,前意識や無意識の方からやってきた連中が,法廷の入口の向こうで列を作って待っております」(筒井康隆『夢の検閲官』)

夢を見るコツ

一富士二鷹三茄子
基本的に夢は毎日見るそうですが,覚えているかどうかということ.起きてからでもしばらくするとあっという間に夢は忘れてしまいます.
夢を見ようという意思をもって床につくと見られることが多いです.
睡眠時間が長い場合,後のほうは眠りが浅いので頭に残りやすいです.
目覚まし時計がなる直前に見ていた夢は頭によく残ります.
起きたらすぐに内容を反芻・再構成して忘れないようにするのがコツです.断片的でも,印象深いシーンさえ覚えていればストーリーは出てきます.


このサイトでは印象に強く残った夢だけを紹介していますが,いちばん多く夢を見るのは「起床した夢」.起きて,布団をたたんで,着替えて,顔を洗って・・・そこで目が醒める.この夢は高校時代からよく見ており,睡眠不足だとよく見ます.
強迫観念に基づくもの.何事にも完璧であろうとするあまり,なかなか自信が持てず,多少の準備不足でも大きなストレスになっているようです.
戦ってでも理想を実現しようとするもの.実際の生活では理想を押し付けて余計な争いを起こすよりも現実に妥協して宥和をはかろうという思いがあるようです.
高校時代の夢は,たいてい受験勉強がらみです.実際はそうでもないのですが.
実在の人物が出てくる場合は,その人物から感じ取った特徴がデフォルメされるので面白いです.
祖父が亡くなってからは,夢枕に立つことが多くなりました.


登場人物


96-00年の集計結果です。


















































具体的に名前が出た登場人数(97名中)


1位 オーケストラ 43名 ダントツ。列挙のかたちで出てきたりする。やだな。
2位 印哲 21名 教授、先輩、後輩、他大学の先生など。増加中。
3位 有名人 10名 何気ない場面で何気なく出てくる。
4位 小学校 7名 どうしてこの人が?と思うほど懐かしい。
5位 マンガなどのキャラ 5名 ウルトラマンなどのヒーロー。でもたいてい弱い。
6位 3名 匿名ではよく出るが、これから増えるのかな。
6位 高校 3名 中学は出ない。青春をどこで過ごしたのだろう?

人物・団体・専門用語には説明を付しておりますが,その内容はあくまでも私個人の夢・イメージであり,実際の出来事ではありません.

2000年の夢

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11月29日 淡い思い出


修学旅行で高畠町の秘境に行く.宿は二段ベッドの狭いものだったが,私の部屋は温泉つきだった.ベッドがある1階から階段で浴場につながっていた.広くてすばらしい風呂だったが,他の部屋には風呂がなく,皆は足を洗うくらいしかできなかったという.申し訳ない気持ちだった.

11月26日 有名人登場


ドイツ語の中級資格試験を受けにドイツに渡る.なぜかドイツで司法試験を受けるつもりだったので,実はそれよりもずっと楽なZMPだったことに安心した.
羽田空港で加藤紘一氏と偶然会う.氏は先日の内閣不信任の一件で頬がげっそりとしており一目では誰か分からないほどにやつれていた.そこで山形の話で盛りあがり,渡独のことで励ましてもらった.

11月16日 モラルハザード


人類が全て不死になって,殺されてもしばらくすると再生するようになる.そのため殺人が横行し,私も家に侵入してきた強盗に追い掛けまわされ,鈍器で頭を潰されて死ぬ.しばらくして生き返ると食事の時間だった.殺人強盗が横行しているため,自衛と節約のため皆一箇所に集まって住むようになっていた.見ず知らずの人と食事をしながら話をしていると,おばさんが「私は昔,主婦だったような気がするけどあまり思い出せない」と言っている.何度も殺されて生まれ変わっているうちに,生き方がガサツになり,記憶も曖昧になるようだった.

11月10日 教養


飯豊町の繁華街を歩いていると,急に大雨が降ってきた.そこで道端の雑貨屋に入るとそこはオケの後輩の実家だった.彼は上京しており実家にはいなかったが,お父さんとしばらく話をする.広い店内はやや薄暗く,私のほかに客はいなかったが実にいろいろなものが売られている.なかでも興味を引いたのはCD売り場だった.ドイツ系のメジャーなCDは一切置いておらず,東欧・ロシアの作曲家が中心だった.レーベルはグラモフォンだったが,聞いたことものないような作曲家が並んでいる.後輩はこういうのを子供のうちから聴いて育ったのだろうかと思う私.

11月05日 訪問 


インド学者を訪ねに滋賀の山奥に探検に行く.山を登り険しい渓谷を越えてたどり着いたのは小学校の廃屋だった.先生はそこで独り研究をなさっているらしかった.先生は思いのほか訪問を喜び,貴重な写本などを見せて下さった.

11月04日 こだわり


台湾の空港で起こったシンガポール航空機事故の原因に不審な点があるということで友達夫妻と台湾に行く.空港に着くと友達は滑走路の溝にゴミが付着していたことが事故原因だとして滑走路を調べ始める.滑走路はなぜかになっていて,確かに畳と畳の隙間からたくさんゴミが出てきた.これが事故の原因になるとは思えなかったが,友達が大真面目なので言わなかった.

10月28日 魚心あれば水心


ブロック塀にはさまれた狭くて細長い空き地に住んでいる.空き地の奥にオケの先輩が研究のために捕まえてきたという長さ5mほどの魚が2匹横たわって死んでいた.先輩の説明では1mくらいということだったのに,あまりに大きすぎて気持ち悪い.生活の邪魔になるので棒を使ってブロック塀にかけておいた.
しかしこうしたのが呪術的な力をもって,大雨が降り始める.ブロック塀が崩れてきそうだったので避難したが,逃げる途中橋の上で大波に襲われ,川に落ちる.そこで一旦意識が途切れる.
気がつくと新幹線に乗っていた.母がそばにいて川に落ちたのに死ななかった奇跡を喜んでいる.新幹線は雨のため止まっており,先発した新幹線はトンネルの崩壊に遭って乗客全員絶望ということだった.もう動く見込みのない新幹線を降りて,崩壊したトンネルを見に行った.土砂の隙間から車窓が見えて惨たらしかった.

10月22日 SF


映画館でハリウッドのホラー映画を見る.古代文明の遺跡から次々と亡霊が人々に襲いかかってくるという映画だった.なぜか,ドイツ語の先生が赤いコンバットスーツに大きいガンをもった姿で出演していた.

10月21日 ミーマーンサー(インド祭式学)


国際ダルマキールティ学会が東大で行われる.休憩時間に食堂に行くと,学科の先輩がウィーンの学者に激しいツッコミをいれていた.ウィーンの学者がクマーリラについて発表したのに問題があったらしい.すぐそばで食べながら見ていたが,先輩の優勢だった.

10月20日 食う・寝る・遊ぶ


幼馴染の家で法事があり,終ってから遊びにいこうという話になる.だらだら北に向かって歩いていると途中で小学校の同級生に会い,さらに歩いて行くと夜更けにカラオケ屋を見つけ入る.ところが大した曲がないし夜も遅かったので解散.次の日にまた遊びにいくことになる.
翌日は小型三輪バイクで山形市に向かう.友達はパチスロに行ったので私は近くのゲーセンで遊んでいた.ゲーセンに飽きたので友達のところに行ってみると,近くで知っているお坊さんたちがたくさん作務衣を着てパチスロに興じていた.パチスロの前にずらりと並んだ黒い作務衣を見て「すごいなあ」と思う私.

10月18日 ゲームばっかり


がらがらの千代田線で家族でカードゲームをする.ルールを熟知した私は当然勝利したが,勝った時ちょうど亀有駅に着いたので,自分のカードを列車の中に忘れてきてしまう.慌てて我孫子駅に連絡したが我孫子駅は無人駅だったため誰も出ず,忘れ物が集まる上野駅に向かうはめになる.
上野駅の忘れ物預かり所で,ドイツ人の留学生と日本人の学生が会話に苦労していたので手伝う.思いがけずすらすらと通じるドイツ語に満足する私.

09月26日 ゲーム


友人3人とゲームをする.ゲームは机の上に飴が置いてあって,自分の番に前の人よりも大きい飴を口に入れられたら勝ちというもの.自分の番が回ってくると,直径5センチくらいの大きな赤い飴を食べなければならなくなっていた.口にはすでにいくつか入っており,ギブアップ.負けて悔しいよりも,飴の食べ過ぎで気持ち悪かった.

09月23日 想起


研究室で外国から来た先生と英語で話す.ところがところどころに「ist」「kann」(※ドイツ語)などが混じってしまう.そばで間違うたびにニヤニヤしている指導教官.※実話です.

09月16日 サジェッション


仏教青年会で研究室論文を学科の先輩に見てもらう。
「こんなところは誰でも気づいてる。もっとみんな気づかないところをせんと。」となりでうなずく別の先輩。

09月13日 推敲に追われて


大法輪に15ページ、自分の原稿が載ることになる。『初期聖典の解釈史』と題し、バラモン教系インド哲学のスートラとその注釈に関して専門的な内容を書いた。それを査読に出したところ、大先輩から「もっと一般的にわかりやすく」と注文され、具体的に書きこみされた。それを入れると20ページくらいになったので、再び15ページになるように書きなおした。
しばらくして刊行されると、題名が何と『思春期聖典の解釈史』と変わっている!しかも先生の書きこみを中心にした内容に改変されている!まったく頭に来る話だ。その後印哲の同窓会があったので先生に抗議をしようとした。その前に指導教官に相談すると、「それは止めた方がいいよー」と忠告され、私はふさぎこんでしまった。学科の先輩には「載っただけでもいいと思わないと」と言われた。

09月12日 トリプルダメージ


友達の結婚式の打ち合わせがある。近くのお寺での先住忌が3時からあるため早めに切り上げていこうとするが、友達がいちゃいちゃしていて遅々として進まない。「おい!キスなんかしてる暇あったら考えてよ!」などとせかしながら何とか終了。慌てて車で出発しようとしたが、ガソリンが足りない。ガソリンスタンドに行くと、店員が衣と袈裟をまとったお坊さんで、焼香をしたり、お拝をしたりとゆっくりやっているので、たまらず車を出て走る。階段を降りていくとき、慌てていたので持っていた衣入れのカバンが手外れして、階段の下にいた子供に命中。あざを作って泣き出した子供と怒る母親。必死で謝っているうちに、子供の悩みを聞く破目になってしまう。時計を見ると、3時10分前!目の前が真っ暗になってうろたえる私。

09月10日 ホラー


東大オケの夏の演奏旅行が終った朝。悪夢は打楽器トレーナーの先生をホテルの出口でお見送りした後に始まった。自分の荷物を取りにいこうとエレベーターに乗るが、エレベーターが前後左右、上になったり下になったりしてエライ目に遭う。自分の部屋に何とか着くと、嵐でもあったかのように部屋の中が滅茶苦茶に荒らされていた。しかし荷物のバッグは無事だったので、それを取って急いで階段で引き返す。ホテルの中にはゴーストがいるらしく、床がぐらぐらゆれたり、体が宙に浮いたりとたいへんだ。やっとのことで出口に到着すると、「東大オケ御一行様」というバスが止まっている。みんな乗っていたようなので命からがら、乗りこんだ。
ほっとしたのも束の間。バスの中の東大オケのメンバーは、全員死んでいた。動き出すバス。ひえ〜!

08月16日 ハッスル


ウルトラセブンのハリウッド進出披露会が行われる。猫背の太田光の私も出演者としてステージに上がり、田中裕二のツッコミを受けていた。記者の質問も終り、まもなく終わるという頃、突然後ろでオケの同級生が踊り出した。しかもトランクス1枚しかはいておらず、アイシャドウをしている。狂ったように踊る同級生、雑然とする会場。
私はそのすきに控え室に戻り、帰ることにした。控え室に行くと別の同級生がもう帰り支度をして待っていた。

08月09日 被害妄想


お師匠さんの寺で法要が行われる。はりきって刺繍の袈裟などを着ていくが、特に配役を与えられず尊宿位に入る。法要に先立ち、人権学習の講師があいさつをした。
「あなたたち僧侶は、葬式・法事と人の死を食い物にして生きているひどい方々だ。犬以下だ。反省しろ」などという。
私は「人権侵害はおまえだろ?!」と怒り、位を立ってすたすた控え室に戻る。そしてなぜか、パジャマに着替えるのだった。

07月08日 倫理的


ほうき世界が終わる.気がつくと線路の上を走っている.行き先は極楽か地獄だとわかった.同乗者の留学生の導きでポイントをうまく乗りきり,なんとか極楽に到着した.
しかし極楽は石ころがごろごろ転がっている荒地で,ところどころ建っている建物も古びて汚れている.人がいるが一生懸命掃除などしている.
「ここが極楽なのか?」と思っていると,元スピードの4人を発見した.彼女たちは掃除にも参加せず,地べたに座っておしゃべりしている.次の瞬間,壁に穴があいて4人は吸いこまれた.そのとき,この極楽では掃除をしないとすぐ地獄に落ちるのだということに気づいた.慌てて掃除を始める私.


07月05日 不可逆


山形で親戚と一緒に車に乗り,運転手席に誰も乗らないで操縦できるかという実験をする.私は助手席に座ってアクセルとブレーキを担当し,後ろに座っている親戚がハンドルを握る.しかし当然うまくいかず,反対車線に飛び出てダンプと正面衝突しそうになる.ダンプの運転手が急ハンドルを切って衝突は免れたが,ダンプは横転し大破.
車から降りた私たちは,この事故をなかったことにするにはどうしたらよいかを議論する.
私ははじめタイムマシンを使うことを提案したが,家に帰って机の引出しに行かなければならず,また,仮にどこでもドアで家に帰ったとしても,タイムマシンでどこまで時間を遡ればよいのか問題となった.
結論としてタイムふろしきを使うことに決定.横転したダンプにふろしきをかけてみた.するとダンプは鉄の塊になり,運転手は子供になってしまった.
「これはかえってまずいよー」と言い合った.

06月26日 教育問題


母校に教育実習に行く.社会を担当し,戦争問題について授業をする.「滅私奉公」と黒板に大きく書いて,
「この考え方は一歩間違えると大変危険です.大事なことは自分自身の判断.奉公は大切ですが,それは自分で判断して選択するものであって,決して他人に強要したりされたりするものではありません.」
といいながら,「滅私」のところを黒板消しで消した.
目が醒めてからなるほどなあと感心した.

06月23日 変わりゆく飯豊町


祖母の実家に遊びに行く.以前魚屋だったところはファミリーレストランとなり,住居部分も何十畳という大広間がいくつかできていた.萩生商店街の店舗がほとんどなくなったため,土地を買ったらしい.ファミレスの手伝いをしてくれる人を探しているという話だった.
あいさつをして帰る.ところが途中道に迷って山奥にある何かの遺跡に迷い込んでしまった.車を降りて人の気配がなく不気味な遺跡の中を歩いていると,地面からゾンビが次々と襲ってきた!宇宙船も飛来してくる!どうやら古代の人のミイラが宇宙人に操られているらしい.命からがら逃げ出したが,後から来た観光客は襲われていた.

06月20日 疲れ


地区運動会に出る.田舎流のトライアスロンで,まず10メートルほどの角材を1km運ぶ.次にスクワットを2時間行い,回数を数える.その後も続くらしかったがスクワットを200回やったところで限界を感じ,棄権した.
寺に帰るとお客さまが来ていて,急遽法事をすることになった.お経を読んでいる途中で疲れが最高潮になったため,不覚にもそのまま爆睡してしまう.目が醒めるとお客さまが怒っている.必死で謝った.

06月03日 引き寄せ


山形にしばらく滞在してから上京すると,亀有のアパートの周りはだいぶ様変わりしていた.そこで学科の後輩が前の家に下宿していることが判明,隣の家には留学生,後ろの家には小学校の同級生が住んでいた.後輩が下宿している家の家族は前から私のことを知っていたらしく,「言ってくだされば小野さんに部屋をお貸ししたのに」と何だか後輩を歓迎していない様子.留学生は私のアパートの前で昼寝.同級生はコンサートのチケットをくれた.
私のアパートは1階が透明な窓で丸見えのため,防犯対策から1階には何も置かず,2階に荷物を全部置いていた.そのため全く無駄なスペースになっている1階は「空いているんだったら住みたい」と近隣住民にうらやましがられているらしかった.

05月31日 SFホラー


地球が宇宙人に征服される.絶滅寸前となった地球人は,地球に生活するウルトラ兄弟を探し出し宇宙人に一矢報いようとした.やっとのことで見つけてきたエースとセブンは,すっかり老けていて往年の面影はなかった.それでも2人で訓練して新しい光線を開発し,宇宙人を倒す段取りを決めた.作戦は午前0時10分開始ということになった.それまで洋館に潜む私たち.ところが,午前0時に宇宙人の一斉攻撃が始まってしまった.地球人はウルトラ兄弟もろともに皆殺しとなり,作戦は失敗.崩れて行く洋館の中で私は絶望した.

05月27日 インパクト


研究室の行事にみんな駆り出された後,駅の近くの小さい居酒屋で軽く飲んでから帰ることになった.サワー,ビールなど周りが頼んでいる中,学科の先輩だけダイエットコーラを頼んだ.
「えーっ?!」一斉にブーイングが起こる.そこで先輩は病気のこと,結婚のこと,明日の授業の予習のことなど,必死に言い訳していた.「飲めばいいのに・・・」と思う私.

05月24日 遺伝


と一緒に居酒屋に飲みに行く.父は250円の酒と350円のつまみを2人分だけ頼み,あとは前の客が残していったつまみで飲み始めた.「ケチくせー」と言いつつ,こういうところは遺伝しているなと思った.

05月13日 御法度


寺院関係の催し物の反省会が真冬に小国町で行われる.宴もお開きになり,迎えの車が次々とやってくる.私は下っ端なので歩いて帰る.ところが,道が狭いため車が道を歩いている子供たちを轢きながら宴会場にやってくるのであった.わだちの中に埋まって息絶え絶えになっている子供たち.
私は慌てて人工呼吸と心臓マッサージをほどこし,1人を助けたが,人手が足りず数多くの子供たちの尊い命が奪われたのだった.そんなことに構わず平気で帰っていくお偉方.「それでも僧侶かー!」と泣き叫ぶ私.


05月06日 やな感じ


モンテディオ山形の選手としてブラジル遠征をすることになる.ブラジルのナショナルチームと対戦する予定で,勝つ見込みは全くない.「どうしてサッカーもできない俺が代表に?」という疑問をもつ.
出発の前日,突然腹膜炎で市立病院に入院する.医者には絶対安静だと言われるが,病院を抜け出して空港へと向かう.その前に,ダイエーに寄っておやつを買う私であった.

04月19日 学会シュミレーション


今年の印仏学会が東洋大学で開かれる.会場は高層ビルの上にあり,風が吹くたびに部屋が大揺れすることを主催者がはじめに謝っていた.私は選からもれたので発表はなく,安心してインド学関係部会の部屋に行ってみる.
1番目は北大の学生で,ヴェーダーンタの発表だったが,途中で「東大で○○先生が皆から軽蔑されているように,当時インドでもこの学者は軽蔑されていた」と言っていた.そこで質問の時間に「○○先生は東大で全く軽蔑されていないため,先ほどの喩例は正しくありません」とやや興奮気味に反論した.
2番目の発表は京大出身の方で,「古代インド祭式におけるミカンの役割」と題して英語での発表だった.発表の前置きで同じ発表を沖縄柑橘類学会でもしてきたという.(昔インドにミカンがあったのだろうか)と思った.
3番目は学科の先輩が「クマーリラのアポーハ批判」と題して発表するところだったが,目が醒めた.

04月16日 旅行前


研究室旅行の日,学科の先輩が遅れてくるという連絡を受け,東大仏教青年会にて,学科の人々と5人で談笑しながら待つことにする.K君が言った冗談にS君が笑っていると,T君が「本当は面白くないのに愛想笑いしてるだけじゃないの?」と突っ込んだ.S君は焦りながら「いや,本当に面白かったっす」と答える.私は「Mさん遅いなあ」と時計を気にしていた.

04月13日 テロリスト


長井ウィンドオーケストラのリハーサルに行く.現代的な作品で,演奏に合わせてアクションが実際に行われ,その様子がステージのスクリーンに映し出されるようになっていた.
演奏が始まるとスクリーンにはガスボンベが映し出された.演奏が進むにつてガスボンベはゆっくりと輸送されて行く.輸送先は,米沢市民体育館だった.体育館にはたくさんの親子が来ていたが,台本通りに避難を開始する.そして避難が終了したのを見計らって,ガスボンベを開放し,着火.爆音と共に一気に炎に包まれる体育館.演奏もここでクライマックスを迎える.すごい作品だ.
曲解説を読むと,「初演・レニングラード,ソ連時代」と書いてある.なるほどと納得したが,「本番にまた別のところを爆破するのはたいへんだなあ」と思う私.

03月29日 新居


トイレ東大トロンボーンクラブの合宿で,トイレが壊れて水が出過ぎるので修理したら,オケの先輩に「うちのトイレも直してほしい」と頼まれた.そこで合宿が終わってから先輩夫婦の新居に行く.
行ってみると2人は留守で,入り口に「直しておいて下さい」という張り紙.カギがかかっていなかったので家の中に入ってトイレを探す.トイレは「ブルーレットおくだけ」を入れすぎて泡がぶくぶく出ていた.ブルーレットを取り除くと問題は解決した.ついでに掃除もしておく.
2人が留守であるのをいいことにして家の中を探検する.オケの後輩の旧居のように,えらくちらかっている.それにしても広い.広すぎる.こんなところに2人だけで住んでいるのかと思ったら,別の出口に「○○市立第○小学校」の看板を発見.2人は,少子化でできた空き教室を借りて住んでいるのだった.


03月12日 有名人2


J2モンテディオ山形の選手として試合に出る.相手はサンフレッチェ広島で,めちゃくちゃ強い.どんどん点数を入れられ,前半は0:4で折り返す.監督が怒って出てきた.監督は,野際陽子だった.私は選手として監督の指示が間違っていることを強く主張した.それで監督は折れて,バックを固める新しい作戦を出した.後半はその作戦が奏効し,3点を取り返した.


03月06日 有名人


「洋服の青山」で松坂投手がスーツを選んでいた.サインをもらって話しているうちに今日はひまだということがわかり,ゲームに誘う.追っかけファンの人ごみを縫って脱出し,アパートに来てもらった.一緒についてきた横浜高校時代の捕手の方と3人でドイツ製の野球カードゲームを夜更けまでやる.
夜は千葉で西武−ロッテ戦が行われているようだった.松坂投手はゲームをしながらもさすがに気になっていた.

02月28日 再三


実家に帰ると祖父がいて,普通に葬式法事をこなしている.
「これなら俺が住職やらなくてもいいな」
といったん思ったが,よく考えるとおかしい.祖父はもう亡くなっているのだ.しかし亡くなっているかなどと本人に聞くことはできない.聞いた途端,消えてしまうような気がした.それにあまりに元気な姿だし,祖父が寺の仕事をしてくれるなら,私も学業に専念できる.できればこのまま現実であったらと思い始めたとき,祖父が話しかけてきた.
「俺はもう死んでいる.夢に出てきただけだ.でも,平成18年と20年に卓也の子供として生まれ変わることができる.どうだ」
「平成18年って,俺33歳で,平成20年なら35歳なんだけど.」
「大丈夫,大丈夫」

しかしよく夢枕に立つうちのおじいちゃんだ.

02月24日 入賞ならず


小学校のクロスカントリー大会が行われる.コースは小学校から出発して県道を北進,寺の下のT字路を下って津島神社の前を通り,粡館から上って新町集落センターがゴールというもの.久川橋を越えた辺りからトップ争いが始まるが,スポーツマンの同級生はやっぱり早く,100m以上差をつけられてしまった.私は別の同級生とお互い牽制しあいながら,最後の直線でラストスパートをかける.しかし彼のラストスパートはものすごく,私は負けてしまった.
息を切らしながら「これで3位か・・・」と思っていると,実は同級生より早い人がいることが判明.結局私は4位となり,賞状はもらえなかった.

02月23日 戦場の同級会


高校のクラス会が戦火のチェチェンの酒場で開かれる.思い出話に花を咲かせているうちに次々と流れ弾の餌食になって死んでいく同級生たち.そのうち軍隊が押しかけてきた.私は酒場を出て近くの塀の隙間に隠れ,一命をとりとめた.

02月21日 ついに見た梅花の夢


ピアノ大阪の檀家さんで葬儀が行われる.雨の夜道,高速をふっ飛ばして山形から大阪へ.その家は音楽家の家で,故人はグランドピアノのある洋間に安置されていた.さっそく,枕経を読みご詠歌をお唱えし始める.
しめやかなご詠歌の途中,夫人がいきなりグランドピアノを思い切って叩いた.ジャーン!!びっくりして見ると,夫人が
「その曲はニ短調にしてくれないかしら.夫はイ短調が嫌いでしたの.いいですか.サン,ハイ」
といって,ピアノを弾き始めた.二短調は途中のミ音がえらく苦しい.たまりかねて言った.
「このご詠歌は,適宜移調してお唱えすることになっているんです.」
そこから夫人と私の大喧嘩が始まり,にぎやかな通夜を迎えたのだった.


02月20日 「寒い」ということ


東大オケのホール全奏(※ホールでの合奏練習)にいく.私はOBなのでメイン曲のアシのみだった.全員集合のとき,トロンボーンの席に修行時の後輩が座っている.話しかけると,急に怒り出して,
「どうして小野さんはOBなのにまだ乗っているんですか.俺なんか全然いいパートが回ってこないんですよ」
後輩は『トリスタンとイゾルデ』1曲のみのパートだった.そう言われて確かにもう現役オケは降りようと思う私だった.


02月13日 疑い


研究室で学科の後輩が本の借り方で怒られている.本は3冊までしか借りることができず,借りるときには指導教官の承認がいるのに,それを守らなかったからだった.そこで後輩は「小野さんに本は何冊でも借りてよくて,図書係の承認があればよい(※実際はこれが正しい)と聞いた」と皆の前で言ったので,皆の冷たい視線がこちらに向いた.

02月09日 運動不足か


高校の教諭になり,進路指導を担当する.やってきたのはバッファローマン(※マンガのキャラ)だった.日体大でプロレスを専攻したいと言う.それならキンニクバスターを覚えないといけないということで,マットで練習が始まった.練習台になって何度も技をかけられ,首と背中を痛めた.


01月24日 実在しない人物


寺になまめかしいけれども腕のない白いマネキン姿の宇宙人が多数襲来する.すっかり囲まれたが,捕まったのは妹(※本当はいない)だった.両腕を抱えられて連れていかれる妹がこちらを振り返ると,泣き顔だった.

01月22日 メルヘンチック


キリストが生まれたときのヴェツレヘムの街の地図を作る.馬小屋の近くに肉屋があって,その向かいに花屋があって・・・といつのまにかそこが商店街に.それでは祝福に来た天使が困ってしまうということで,商店街のすきまから馬小屋に至る天使通行用の路地を作ってあげた.

01月20日 夢枕に立つ


実家で,ふすまを開けて茶の間に入ると祖父がコタツに入っていた.私を見て,ゆっくりした口調で
「目上の和尚にあまり悪いことを言うもんでないゾ.そんなことを言われたら私だって怒るもんナ」
と言う.私はその言葉を聞いて,
(私は住職の気負いが昂じて思い上がっていたのかもしれない)
と反省した.それにしても今年になってよく祖父が出てくるものだ.

01月07日 スリル(ひでえ)


オケで合宿に行く。ところが途中でオケがオウムに狙われていることが発覚し、警察の厳重な警備を受ける。夜も大部屋に皆で寝て、外は警察が見張っているというありさま。
夜中トイレに行く。帰ってみると、大混乱が起こっている。警察の目を盗んでオウムが一気に乱入し、オケ団員全員が殺されたのだった。
しかしなぜか、ほっとする私。

01月03日 慣習ではこちらが初夢


梅花流師範養成所で食事の時間となる。みんな席につくとおよそ食べられないような代物ばかり出てきた。
粘土のかたまり、紙、木の葉・・・皆は怒って席を立ち、風呂にいってしまった。私はなぜか責任を感じていると、修行時の先輩に呼び出されて説教された。

01月02日 初夢


祖父が臨終の床で、
「死んだら記事にしてもらえるように新聞記者を2人呼んできてほしい」
と言っている。どこの新聞社がいいか聞くとどこでもいいというので山形新聞社と朝日新聞社を呼ぶことにして連絡した。しかしさすがにローカルすぎて朝日には相手にしてもらえず、来てくれたのは山形新聞社だけだった。

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