India: 2004年7月アーカイブ

伝統

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引越しでは格闘していたが、7月は勉強がとても捗った1ヶ月だった。家でインターネットができなかったことも大きいが、それ以上に引越しの理由となった先生の存在が大きい。

バリラーム・シュクラ先生。私が専門とするニヤーヤ・ヴァイシェーシカ(論理学・分析的形而上学)の伝統的パンディット(学者)である。インドには古くから学者の家系というのがあって、代々教えを受け継いできた。近年では権威が落ちてきているが、ブラーミン階級の最高峰として、まるで神のように敬われてきたのである。

先生の一家はヴァラナシ・マハーラシュトリアンという系統に属する。ヒンドゥー教の聖地ヴァラナシに、プネーを中心とするマハーラシュトラトラ州から移住し、ヒンディー語の中でマラーティー語を話す社会を形成してきた。11世紀ごろまで遡るというから、すでに1000年近くなる計算だ。文法学で名高いナーゲーシャ・バッタなどのバッタ家もこの社会から輩出された。

先生の一家シュクラ家も代々サンスクリットの広範な学問を伝えてきたが、ニヤーヤに専門化したのは先生の父親からだという。先生はヴァラナシで生まれ、5才でこの道に入門。それからすでに60年近く、この伝統の中で学び、そして教えてきた。

20才頃にデリーのサンスクリット研究所から招聘され、教授として赴任。そして40才頃にプネー大学の哲学科から招聘されて主任教授に就任。一般大学でパンディットを受け入れるのは珍しく、ポストを作るがたいへんだったそうだが、それが実現したのはパンディットを大切にするプネーの地域性があったからだろう。

先生の一家は多くが教授職に就いている。ヴァラナシのサンプールナ・アーナンダ・サンスクリット大学の主任教授をしている従兄弟のラージラーム・シュクラ氏はじめ、デリーとウダイプールにもいる。実の姉もナグプールでサンスクリット学科の教授をしていたという。奥さんもナグプール出身。

先生の授業ははじめ英語だったが、私がサンスクリット語を解することが分かるとほとんどがサンスクリット語になった。英語はちょっとたどたどしいが、サンスクリット語となるとさすが流暢だ。分かるまで繰り返し繰り返し、どんどんレベルを下げて説明してくれる。そのうち暗雲がたちこめていた難解なテキストに光が差し込んできて、ビジョンがいきなり開けてくる。「そういうことだったのか!」この感動を、毎回味わうことができるのは非常に幸せ。その余韻は家に帰っても続くので、勉強が捗るというわけだ。

私が選んだウダヤナという11世紀の学者のテキストは先生にも難解らしく、私が来る前に2時間、予習しているという。先生のお宅に上がると、先生の座っているベッドの上にはいつも何冊か本が広げられており、予習の跡をうかがわせる。1回1時間500ルピー(1200円)という、インドではこれ以上ないだろうという謝礼額(物価が10分の1なので、日本での10,000円ぐらいに相当する)だが、それに十分見合った授業であるといつも思う。

あえて欠点を挙げるならば蚊がたくさんいることと、先生でもときどき間違うこと。私も「その解釈は理解できない」としつこいので、一度深みにはまると1つの単語について1時間も議論してしまい、ちっとも進まない。もっとも、白熱すると授業時間は2時間近くまで延びるのでむしろ歓迎したいほどだ。

大学では今月、ジャー先生が膝が痛いといって授業をしてもらえないうちに、何と昨年の9月から今までジャー先生から習った約8ヶ月分を、この7月だけでシュクラ先生から習ってしまった。ジャー先生の下ではもう諦めざるを得ないが、この調子でいけばあと1年で今のテキストは十分読み終わるだろう。

電話格闘記(2)

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もっとも一般的な電話回線BSNLは大家の電話代半年滞納のために使えず、代わりに大家が提供したリライアンスはUSB接続のサポートがなかったため、屋外デモを行っていたタタ・インディコムに頼ったというのがこれまでのあらすじ。三度目の正直である。

申し込んだ翌々日に住所確認が済み、それから4日後に電話機が届くという話になっていた。日曜をはさむので申し込んでからちょうど一週間後ということになる。最初の話では申し込んでから4日後と言われていたのでいきなり話が違うわけだが、2日ぐらいの違いで目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しい。

約束の一週間後。午後から外出する予定があったので、担当の係に電話してお昼に来るよう頼んだ。ついでにUSB接続用のケーブルも忘れないようにと念を押す。「OK。それまでに行きます」と返事した担当の係は先週の契約時に時間通りに来ており、大丈夫だろうと思ったが時間になっても来ない。夜も早めに帰って待っていたが結局来なかった。何度も電話したが、電話に出ないで切られてしまう。何と失礼な話であろうか。

翌日も、翌々日も家で待ちながら担当に電話をかけ続けた。家を出るときはドアに携帯の番号を貼って出かけ、できるだけ早く家に戻るようにする。何の連絡もなく待たされるのは腹が立つものだが、いない間に来られるのもたまらない。その上彼らと来たら、連絡もなくひょっこりと現れて、そのときたまたま不在にしていると鬼の首を取ったかのように「だってあんた、いなかったじゃないか」と非難してくることがこれまでの経験で分かっている。待たされた上に非難されたら正気でいられないだろう。極力家を出ないことは、二重の怒りを爆発させないための保険だった。

しかし極力家にいるというのもなかなか消耗する。まだガスコンロを購入していないため、昼食と夕食は外食だが、遠出できないと必然的にスナック類になってしまう。ワダパオやパティスという揚げ物とチャイだけで、早々に家に引き返す。スナック菓子やバナナで飢えをしのいだりもした。それは一種の苦行、願掛けだったのかもしれない。「食べるものも食べずに待ちますから、どうか一刻も早く電話を与えてください」と、誰にというわけでもないが祈っていた。

しかし4日目の朝、これ以上待つことはできないと意を決してオフィスに出向くことにする。バスに乗って30分、駅前のバス停から10分ほど歩く。これだけのために出かけるのも馬鹿くさいので途中で映画を見て、マクドナルドで食事した。自分への慰めとも言える。

タタ・インディコムのオフィスのドアを開けたとき、「今日は電話を受け取るまで何時間かかっても帰らない」と自分に誓った。窓口のおばちゃんに経緯を話し、ひとまず担当の係に電話してもらう。さんざん人を待たせ、いくらかけても出なかった担当は「今晩お宅に行きます」などと涼しいことを言う。それで毎晩待っていた3日間、いや、引っ越してから待たされ続けた3週間にたまった怒りが爆発する。「Come here just now! Why didn't you answer, I called hundred times! I don't believe your words! I wait here until you come, Jaldee!」

電話を切ってからは担当が来るまで待つことを告げ、興奮を冷ましつつ座り込む。隣でも電話の調子がおかしいという客が大いににもめていた。窓口のおばちゃんも憔悴しているようだったが、たとえ彼女自身に非がないとしても彼女は会社の代表としてそこに立っているわけだから仕方がない。

その間、隣の窓口でお兄さんが端末から顧客名簿から私のステータスを調べていた。そこで思わぬ衝撃の事実が判明する。

「学生なので利用できないという回答になっている」

これを聞いたとき、インドのテレビや映画によくある「ガーン」という効果音が頭の中を流れた。そして耳を疑ってもう1度聞き返したが同じこと。思わず1分ぐらい呆然としてしまった。あいた口がふさがらない。

しかしだんだんと、「これまで待っていたのはいったい何だったのか」と思うにつれて、悔しさと怒りがこみ上げてきた。さらには学生だという理由で切り捨てられるのも悔しい。「I understand it is not available for students, but I can't understand why you didn't let me know until now. When was it found? Why did you make me
wait so long? Tell me!」

これに対するおばちゃんの反応は意外だった。言い訳もほとんどせず平謝り。「本当に申し訳ありません。会社を代表して心からお詫び申し上げます。すでにお支払いただいた前金は今お返しします。担当の者には今晩こちらから伝えておきます。申し訳ありません……」

住所確認というのは、電話代の支払能力を調べるものだったのだ。確かにそこで私は学生と答えた。インドには平気で踏み倒す輩もいるだろうから、契約条件を厳しくするのはしかたない。しかしタタ・インディコムの住所確認係と電話設置係が全く連絡を取っていないというのはどうなのか。もしかしたら家で待っていたら電話を手に入れることができたのだろうか?

前金を受け取って半ば呆然としながらオフィスを出る。全く予想しなかった最悪の結末。そこに指が全部ない物乞いが近づいてきた。いつもは無視するのだが今日に限っては与えたい気分である。5ルピーをあげつつ、これが500ルピーだったら自分も正気じゃないなと思う。近くを歩いていた4人の子供連れのお母さん物乞いは、こちらから呼び止めて5ルピーを与えた。なぜそんなことをしたのかよく分からないが、それが気持ちを鎮める唯一の方法であるような気がした。ヤケ金とでもいうべきか。

その後本屋や民芸品屋に寄ってみたものの気力が湧かない。ネットカフェでメールを書いて、インド映画のDVDを借りて、レストランで小瓶のビールを飲みながらマトン料理を食べた。DVDは3時間30分かかるものだったが、家族の絆を描いたとてもよい映画だった(Kabhi Kushi Kabhie Gham)。

三度目の正直ならず。残る最後の手段は大家と違うBSNLの新しい電話線を不動産屋に引いてもらうことだが、まもなく一時帰国なのでインドに戻ってからになるだろう。しかしこの3週間で本当に電話が必要なのかだんだん分からなくなってきた。携帯電話はあるし、インターネットはネットカフェで安くできる(1時間25円)。何よりも電話を待っていたこの数週間、勉強がいつもより進んだのが大きい。ホームページの更新などはあまりできなくなるだろうが、インターネットという誘惑を家から締め出した生活もいいかもしれないと思い始めている。

ジュリーJulie(ジュリー)
〈あらすじ〉
 ムンバイの高級マンションで朝寝坊している女。夜からつけっぱなしのテレビに「最も結婚したい男」としてシャンデリア財閥の御曹司スニルがインタビューを受けていた。「私には結婚したい女の人がいます。」そのインタビューを見た彼女は急いでテレビ局に向かう。
 彼女の名はジュリー。職業はコールガール。陽気な行楽地ゴアで育った彼女はクリスチャンの村娘で、地元で漁業を営む恋人との結婚を夢見ていた。大物になりたいとマンガロールに行く恋人に、ジュリーは体を許す。しばらく後、成功して帰ってきた恋人に喜んで会いに行ったジュリーは、恋人が別の婚約者を連れてきているのを見る。傷心したジュリーは、もうゴアにいられないと友人を頼ってムンバイに行った。
 ムンバイでは建設会社の秘書として採用され、そこで働くデザイナーが親切にしてくれた。やがてジュリーはそのデザイナーと恋に落ち、体を許した。しかしその幸せな生活もつかの間、デザイナーは社長に、ジュリーを夜のお伴として送ったのだった。それを知ったジュリーは怒ってデザイナーのところに行くが、「お前が会社に採用されたのは能力なんかじゃない。体なんだよ。どうしてそれをわからないのか」と言われる。
 すっかり意欲をなくしたジュリーは、コールガール斡旋業のおばちゃんと会う。おばちゃんに「みんなが求めているのは体だけなのよ」と言われ、ジュリーはコールガールの道を選んだのだった。
 ある夜、ホテルの前で引ったくりにあったジュリーは、そこを通りかかった男の車に乗って家に帰る。しかし鍵も持っておらず家に入ることができない。結局朝まで外で過ごすことになるが、その男こそスニルであった。彼は海岸で朝日を浴びながらはしゃぐジュリーを見て恋をする。
 さて、テレビ局に向かった彼女は自分の職業を明かし、同じインタビュー番組に出ることを申し出る。「私はジュリー。売春婦よ」という番組宣伝は評判を呼び、インタビュー当日はたくさんの人が街頭のテレビに集まった。
 インタビューは彼女のこれまでを全て話し、シャンデリア財閥の御曹司の話にまで至った。マスコミは格好のスキャンダルができたと大喜び、シャンデリアグループはひっきりなしに電話の対応に追われ始める。「売春婦だから、私は彼と結婚できない」と泣き落ちるジュリー。
 そこにスニルがスタジオに登場。「売春婦だろうと、僕が結婚したい気持ちは変わらない」とジュリーを抱きしめるスニル。これまで批判調だった会場の人も、街頭のテレビに集まっていた人たちも、そしてテレビを見ていたスニルの家族も、二人に惜しみない拍手を送るのだった。

〈感想〉
 お色気ものの俗な映画だろうと思って見ていなかったが、ロングヒットが続いている。新聞でも「貧しさから仕方なくではなく、自ら職業として売春婦を選んだ女性の自立心」などの評論が載っていたので見ることにした。お色気シーンを期待していかなかったかといえばウソになるが、そういうシーンはほとんどない。むしろ先日見た「ガーヤブ」の方がずっと多いぐらいだ。
 最後に二人に拍手が送られるシーンが感動的だったのは、売春婦という職業に就いている人を、みんなが同じ人として見たと感じたからである。もちろん人によっては、可愛そうな子犬を拾った大金持ちの心の広さに拍手を送ったのかもしれないし、あるいはゴアの村娘が幾多の困難を経て幸せをつかんだというシンデレラストーリーに拍手を送ったのかもしれない。しかし私は、職業の貴賤を問わないという立場を実現したことに感動を覚えた。
 世間ではあまり知られていないかもしれないが、お坊さんの宴会で酌婦(酒注ぎと話し相手)が呼ばれることがある。酌婦がいないと若いお坊さんが注ぎに回らなければならず、落ち着いて飲み食いできないという配慮と、男だけでは盛り上がらないという色気からそういうことをしているのだと思う。教養もなく、タバコを吸いながら下品な話しかできない酌婦を、私は半ば軽蔑していた。
 しかしある宴会で、アルバイトで酌婦をしている音大生と会った。彼女の勉強の話を興味深く聞きながら、「どうしてこんな仕事を……」と言いかけて、しまったと思った。この職業が賤しいとするならば、彼女たちのアイデンティティは何なんだろう。しかし彼女たちの前で「職業の貴賤を私は問わない」と宣言することもまた、その職業が賤しいという世間の観念を事実上追認していることになってしまう。それは軽蔑すべきただの自己満足でしかない。口だけで差別を乗り越えることは決してできず、ただ行動で示すしかないということ、そしてそれは容易ではないことがそのとき分かったのである。
 愛という強力な力を背景に、職業に貴賤がないことを求婚という行動で示したスニル。そして自分を売春婦にしてしまった過去に固執せずスニルの愛に応えたジュリー。いつだって愛というものは、そういうものであるべきではないだろうか。

動物王国

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野良豚今度住むことになった街は、新興住宅街とはいえまだまだ田舎である。

牧草地から集団で移動してくる牛、夜中に遠吠えしてうるさい犬、柱の影からすまなさそうに出てくる猫、あとは食料用として店の前に繋がれている羊、店の中のカゴに入っている鶏。

しかし何よりも驚いたのが野良豚の多さである。突進してきたらひとたまりもないような大きい豚から、生まれたばかりの赤ちゃん豚までたくさんの豚が、そのへんの生ごみを漁っている。人間に対して警戒心はあまりなく、よほど近づかない限りは逃げていかない。焼きとうもろこしの芯を与えたら、2匹がケンカして取り合っていた。

この豚、食用ではないらしい。アウンドでK氏が、野良豚にレンガを投げつけて捕獲しようとしていた人たちを見たというが、豚を不浄として食べないイスラム教徒だけでなく、ヒンドゥー教徒もその辺の野良を食べることはないという。食用の豚はきちんとオリに入れて飼育されたもので、かりに野良豚を食べるような人がいてもそれは賤しい人たちだろうと不動産屋は言う。もっとも、食用でも豚を食べる人はよく見られない。

お昼には近くの喫茶店でワダ・パウという軽食をチャイと一緒に食べることが多い。道端を見ていると次々と動物が現れて動物園の様相だ。電話をつなぐまでの格闘はまだ続いているが、動物を見ているとこうした悩みが馬鹿馬鹿しくなってきて癒される。

電話格闘記

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引っ越して1週間になるが電話はまだつながっていない。連絡は携帯が頼りだ。

通信モデム付きPHSのリライアンスは9ピンのシリアルポートにしか使えないことが分かったのは先週。その後、大家の友人が詳しいというので連れていってもらったところ、シリアルポートがなくてもUSBなどほかの接続でできるのではないかと期待を抱かせた。その友人が会社のパソコンを任せている業者に頼み、翌日の夜に見に来てもらう段取りをつけた。

ところが翌日の夜その業者は来ない。連絡を取ると「忙しかったので明日行く。」そしてまた翌々日も来ない。「明日」「明日」と延ばされるいつものパターンである。先週は大家が、家に残っている荷物を取りに来るのを「明日」「明日」と延ばすので、「今度来なかったら全部捨てる」と怒ったら翌日家族が取りに来たということがあった。

怒るのはエネルギーを要するので、できるだけ怒りたくないのだが、怒らないでいるといつまでも延ばされるので2日目か3日目には勇気をもって怒る。今回は不動産屋を家に軟禁して何とかしろと迫ったが、友人に電話するには遅い時間だし、業者の電話番号も知らない、そもそも今からでは業者に連絡がつかない、家では赤ん坊が待っていると言って逃げるようにして帰っていった。

そこで私も反省。インド人を当てにしてはダメだ。自分で行動したほうがすっきりするではないか。というわけで週明け、電話機とパソコンをカバンにつめて駅近くの繁華街MG(マハートマ・ガンジー)ロードへ。最初に立ち寄ったのはリライアンスのオフィス。さんざん待たされた挙句わかったのは、リライアンスとしては9ピンのシリアルポートしかサポートしていないということだけだった。USBへのコンバータがあれば何とかなるかもしれないと言われ、パソコンショップ「コンピュ・シティー」へ。これもMGロードの奥のほうにある。

ここでの対応は親切だった。9ピンのケーブル、USBのコンバータ、挙句にLANケーブルまでいろいろ試させてくれ、スタッフも日本語ウィンドウズを前に格闘した。そこでの結論は、電話機自体がUSBポートとコンパチブルではないということ。以前にも同じことを試してダメだったことがあるというので納得。何をやってもダメと分かると、不思議にスッキリした。大丈夫という根拠のないインド人の言葉にかすかな希望を持って待ち続けるよりは、ずっとマシだからだ。

そうなると次の手を考えることになる。アナログ回線BSNLのほかに、もうひとつ候補が急浮上していた。リライアンスのライバル会社タタ・インディコムである。これも同じモデム内臓のPHSだが、USB接続が可能というの言質をスタッフから取り付けた。ブロードバンドで1時間50円。無制限なら1ヶ月4000円程度。高いけれども今までの使い方なら、BSNLとあまり変わらない。

早速、タタ・インディコムの社員が夜に家まで訪れ、申し込みを済ませた。開通まで4日かかるというが、これまで1週間もあてもなしに待ったことを考えればどうってこともない。

と思っていたが、住所確認のための訪問が遅い。午前中に電話が来て、「午後1時に行く」。家から出るに出られず、昼食代わりにおやつを食べながら過ごす。しかし午後2時半になっても来ないので電話をすると「もう出ているからまもなく着く」。またおやつを食べながら我慢していると午後5時に「今日はもう行けないので明日」などという。「明日、明日」攻撃と共に、「今行くといって全然来ない」攻撃もかなり堪える。

どうなることやら。

日本人会

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プネーに住む日本人で昼食会。今回は小島さんがあらゆる人脈を駆使して「発掘」してきた人の集まりで、企業駐在員、主婦、NGO職員、先生、学生と多彩な構成となった。30人近くいただろうか。インドに来たくて来ている人、来たくないのに仕方なく来ている人、よく分からないで来てしまった人、さまざまだ。

店中のビールを飲みつくして、3時間でおひらき。ビールの合間に白ワインも赤ワインも飲んでいるのに、インドにいるとあまり酔わないのはなぜだろう。

二次会は近所にお住まいの松田さん宅で3人。今度はビール、ジン、ポートワインとちゃんぽん。日本でこんなことをしたら間違いなく二日酔いか、最悪の場合吐く。暑いとアルコールが抜けやすいのかもしれない(今の日本よりは暑くない)。堀内孝雄似の松田さんと熱いトークを繰り広げた。口だけで行動しないインド人、戦勝なき戦いの毎日、日本の故郷、一緒に来ている家族と自分の将来……。

一緒に来ていた丸山さんは昨日、バーで意気投合したシーク教徒(ターバンを巻いている)をホテルに連れ込んで朝の4時半まで飲んでいたそうで、松田さんの家に着くとソファで爆睡していた。海外に出向している日本人は年々増加しているとはいえ、こうしてインドあたりまでやってくる人はどこか破天荒なところがある。そうでもないと生きていけないのかもしれない。

松田さん宅で4時間、すっかりご馳走になった。このところ引越しの関係でストレスが溜まっていたので、とてもよい発散の機会となった。深謝。

映画(11)

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あまり寝付かれないまま起きて一風呂浴び、マヘーシュさんの文法学を受けた後は昨日チケットを買っておいた映画を見る。映画はすっかりストレス解消の手段になってしまった。

ガーヤブガーヤブ(透明人間)
〈あらすじ〉
 うだつの上がらない内気な青年ヴィシュヌ。家ではお母さんに怒鳴られっぱなし、仕事のセールスマンもさっぱり売れず、ひそかに恋しているモニは筋肉ムキムキの恋人サミルといつもデート。モニにウィンクしたのがサミルの怒りに触れ、1発殴られただけで泣き出してしまう始末。
 ヴィシュヌは浜辺で拾ったヴィシュヌ神像に向かっていっそのこと消えてしまいたいと嘆く。家に帰ってみると、家族は自分が帰ってきたことに気づかず、鏡に自分の姿が映らない。透明人間になってしまったのである。
 ヴィシュヌは大いに喜んで、今まで自分をいじめてきた友達に仕返しを始める。モニの部屋に忍び込んでモニをずっと眺めたり、サミルの頭をたたいてデートを邪魔したり、人形を動かしてお母さんを驚かせたりしていた。
 姿は見えないがしゃべれば声が聞こえる。そこでヴィシュヌは神を騙ってモニとサミルの仲を裂き、モニに自分のことを好きになってくれるよう頼む。しかしモニは「サミルには指一本触らないで!」とサミルをかばうばかり。何が足りないのか考えたヴィシュヌは、とうとう銀行強盗を決行。白昼堂々と大金を持ち出してモニにプレゼントした。
 しかしこれでモニが喜ぶはずがない。モニは警察に届出、ヴィシュヌは透明人間のまま指名手配されることになる。モニが警察にたれこんだことを怒ったヴィシュヌは、モニとサミルを追いかける。ヴィシュヌが追ってこないアメリカへの逃亡を考える2人。だが警察がやってきてモニがいなくなったらヴィシュヌを捕まえる方法はないことを諭し、モニたちにインドに留まるよう頼む。これを承諾しておとりになるモニ。
 警察は多数の銃撃隊員を用意して臨んだ。やがてモニのところにヴィシュヌがやってきて自分の思いを打ち明ける。これを聞いているうちにヴィシュヌが殺されるのを耐えられなくなったモニは、警察を裏切ってヴィシュヌを逃がそうとする。海に飛び込んだヴィシュヌに、警官隊は容赦ない銃撃を加えるのだった。
 モニとサミルが浜辺で悲しみに沈んでいるとそこにヴィシュヌの声がする。彼は死んではいなかったのだ。モニの説得でサミルは警察に自首。裁判を受けて服役した。
 その後、彼はどうなったか…透明人間としてマスコミに取り上げられ、ヒーローになっていた。服だけ見える格好で歩きながら、近所の人の挨拶にこたえるヴィシュヌ。

〈感想〉
 予告編を見てかなり面白そうだと思っていたが、期待を裏切らない面白さだった。何より先の展開が全く読めないのがたまらない。意外だが無理のない展開が続くので、集中力が途切れない。これはインド映画に珍しいことではないだろうか。主人公のヴィシュヌは勧善懲悪をするわけでもなく、子どもじみた動機でむちゃくちゃな行動をする。ヴィシュヌを応援したくなったり、モニの味方をしたくなったり、気持ちがひとところに落ち着かないのがいい。
 特撮やカメラワークもよくできていた。特撮はそれほど難しいものではないのかもしれないが、いないのにいるという存在感がよく出ている。ヴィシュヌの視点からはヴィシュヌがいるのに、切り替わって他の人の視点になるとヴィシュヌがいないというカメラワークの転換も面白い。
 笑えるシーンがたくさんあったが、消えた息子を案じる父親のシーンでは泣かせ、ヴィシュヌがどこから迫ってくるか分からないシーンでは怖がらせるなど、筋書きも変化に富んでいた。
 もう1回見たくなる映画である。
公式ページ

映画が終わってからはとぼとぼと家へ。今日は久しぶりに暑い日で、45分に1本のバスが来なくて1時間待っているのが堪えた。夕方には隣のお宅からご招待で、昨日に引き続きチキンカレー。隣は何をする人ぞという発想があるのは都会でない証拠。たいした店もない街だが、肌に合っているような気がした。

大学へ

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引っ越して一番不便になったのは大学行き。バスを乗り継いで1時間30分かかる。そのうえ家の近くから出ているバスは45分に1本で、しかも平気で30分遅れたりするのでいつ来るのか全然分からない。

そんな苦労をして大学に行き、ジャー先生の授業が休みだったら悔しいだろうと、対策を講じておいた。すなわちアウンドの家に行って一泊し、そこでインターネットをしまくって、翌朝マヘーシュ先生の文法学の授業に出る。この近くにはない美味しいものを食べる。これだけ用事を作っておけば、1つぐらい潰れても悔しくない。

大学に行ったら案の定、ジャー先生の授業は休みだった。何でも膝が痛いらしく、物凄いしかめっ面をして歩いている。K氏もI氏も、今週授業がない。その時間、図書館で勉強していたが「せっかくこんなに苦労して大学に来たのに…」という思いがどうしてもふっきれない。そこで映画を見るというオプションを増やし、悔しさを紛らわせた。

夕方はアウンドの旧宅へ。ここには大学でサンスクリットを学ぶキティーシュという、オリッサ州出身の学生が今住んでいる。彼は現在学籍がなく、寮にこっそり生活していてときどき寮監に追い出されるらしい。私のほうは月末まで家賃を払っているので、留守番代わりに彼に住んでもらった。不法居住生活から解放される上に、独りではもったいないほどの広いアパートに住むことができるとあって、キティーシュも嬉しそう。早速同郷の友達を集めていた。

そのキティーシュが友達とオリッサ料理のチキンカレーを作ってくれた。プネーの料理と比べて辛くなく(それでも十分辛いのだが)、脂っこくなく、ご飯も日本米に近くて美味しい。マスタードオイルを使うのがポイントらしい。とても香ばしい匂いがしてお替り。

あとは思う存分インターネットをしてから寝る。蚊除けをもってこなくて、少なくとも十箇所以上を刺され、痒さと羽音で夜中に何度も起きる羽目になったのは失敗。最近プネーに住む日本人が蚊が原因とされるデング熱になったそうなので、気をつけなければならない。

引越し完了

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引越し引越し自体はあっけなく終わった。2時間で荷物をまとめ、テンポと呼ばれる小型トラックに積み、運んで降ろすまで2時間。費用も人件費込みでたった750円。

テンポの運転席は1人乗り。そこに無理やり乗り込んで、道の風景を眺めながら日本で引っ越したときのことを思い出す。私と妻は、つくばに引っ越した翌日に入籍したのだった。その引越しのときの、こまごまとしたことを思い出しているうちに胸が詰まる。今はたった一人の引越しだ。

そんな感慨に浸っているうちに新居に到着。帰りに120円の追加料金を要求されたが、容赦なく断る。こういうのはただ言ってみているだけ、もらえれば儲けものという程度だということが、インドに暮らしていると分かってくる。

準備万端でやってきたはずが、まだ終わっていないことがあった。それは電話である。携帯があるから連絡はつくものの、インターネット接続ができない。私は契約の当初から不動産屋を通して大家に、口を酸っぱくして電話の手配をお願いしていた。ところが準備が終わっていないとはどういうことか?

翌日、不動産屋に連れられて大家と会うと、彼は謎の電話機を渡してきた。リライアンス・フォンという一見普通の電話機だがPHSを使っている半モバイル機である。「半」というのは、どこに持っていっても通話できるが電話機が大きすぎて持ち運ぶには不都合というもの。ブロードバンドの通信モデムまで内蔵されている。

これはすごいと思ったのもつかの間、通信モデムからパソコンにつなぐLANケーブルが9ピンというもので、私のパソコンにつながらないことが分かる。その上、通話料金も割高とあっては全く意味がないので、通常のアナログ回線BSNLを頼んだ。

ところが電話局に行って驚く。大家が電話代を6ヶ月滞納していて、それを支払わなければ使えないというのだ。滞納金13,000円。しかも大家は今お金がないから、この電話代を立て替えてくれ、来年に返すなどと言う。「敷金や今月分の家賃を受け取ったから十分お金はあるだろう」と詰め寄ると、これには答えず「BSNLは自分にとって全く不要なものだ」などと開き直る。そりゃあんたには必要ないでしょうよ、ここに住んでいないんだから。「それなら今払う分、来月の家賃は払わない」と言うと「契約では電話を引いておくというだけで、電話会社は指定されていない。自分はリライアンスを用意していて、それにパソコンがつながらないのはあなたの側の問題だ」と、今度は契約の抜け道をついてきた。契約時に「BSNLを引く」と言っていたのは単なる口約束だから有効ではないという。

結論が出ないままどうしようもなくなって物別れ。そばにいた不動産屋は「あの男には筋を通すってものがないのか!」などと憤っていたが、そういうことは本人の前で言え、本人の前で。そう言うと「私にはできることがなかった。このアパートなんかやめて、ほかのアパートに行ったほうがいいよ。紹介するよ。」などとまた無茶なことを言う。ベッドのサイズを測って布団を作り、荷物を全部運んでからそれはないだろう。

これぞまさしくインド的なやりとりである。「ああ、なるほど」と引き下がったら負けだ。ときには感情をむき出しにして食い下がる。対立する論理と説得力の力比べ。今回は明らかに敗北したが、後でやりとりを思い返すといろいろ面白いことが見えてきて、私の研究テーマである「インド討論術」の実習としてためになった(としておく)。

映画(10)

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引越しを目前にして、時間があったので映画を見て帰る。プネー駅近くにあるシネマ・コンプレックス「アイノックス」は、映画の前観客を起立させて国家を流す。反抗して座ったままの人などいないので、私もしかたなく立つ。隣のお姉さんが国家を口ずさんでいた。何なんだろうこれは?

ラクシャラクシャ(目標)
〈あらすじ〉
 パキスタン国境警備軍に新人のカラン(写真左)が配属されてきた。部隊長のスニル(写真右下)は彼を歓迎する。
 カランは金持ちの家に生まれ、一人っ子として何不自由なく育てられてきた。そのため将来への希望や目標がもてず、思いつきで軍隊学校に入ることにする。
 しかし軍隊学校の訓練は厳しく、お坊ちゃまのカランはついていけなかった。毎朝寝坊したり、訓練中にふざけたりしてそのたび罰として自転車を持って走ったり、泥の中をほふく前身させられたりした。カランはとうとう学校を抜け出してしまう。
 しかし戻ってきたカランに両親は厳しく怒り、ガールフレンドのロミ(写真右)は口もきいてくれない。いよいよ落ち込んだカランは反省の末、学校にもう一度戻ることを決意する。今度は思い付きではなく、最高の兵士になろうという目的意識が芽生えていた。
 カランは見違えるように訓練と勉学に励み、筆頭として学校を卒業する。早速ロミに会いに行ったが、ニュースキャスターになっていたロミは、ちょうど別の友達と婚約したところだった。失意のうちに軍隊に帰り、パキスタン国境警備軍に配属される。

 ちょうどこのとき、パキスタン側から軍隊が侵攻、山を背にして駐留する。国境警備軍との戦闘は日増しに激しくなり、次々と犠牲者を出した。そこを取材に来たロミは、カランと再会するが、お互い心のわだかまりが解けない。
 そんな中、スニルにパキスタン軍の排除を速やかに行う指令がきた。作戦会議の結果残された道は山の陰から急襲する作戦。しかし山を越えていくには長い断崖をロッククライミングで越えて行かなければならない。この作戦のリーダーに任命されるカラン。
 作戦に赴く前にカランは友達からの手紙を読み、そこで実はロミが婚約を破棄していたことを知る。ロミに別れを告げに行くカラン。「待っているわ」「もう戻ってこれないかもしれない」「それでも待っているわ」……。
 急襲作戦は難関を極めた。断崖を登る前にパキスタン軍の攻撃を受け仲間が死亡。さらに長い断崖を登っていくのは命がけだった。しかしカランの部隊はこれをやり遂げ、油断していたパキスタン軍に背後から急襲を仕掛ける。不意をつかれて全滅するパキスタン軍。多くの仲間を失いながらも、カランは作戦成功のインド国旗を立てる。
 怪我が治って病院から出てきたカランに待っていたのは、両親とロミ。今まで反抗していた父親にカランは初めて抱きつき、その後はロミと抱き合うのだった。
 エピローグ。スニルはこの作戦の成功を祈念して、カランたちが陥落させた地に祝勝の記念碑を建てた。この戦争は1999年にジャンム・カシミール州で起こったカルギル事件をモデルにしている。

〈感想〉
 宣伝のポスターを見るからに嫌いな戦争映画だと分かったが、この頃よく乗っているバスの側面にこの映画の宣伝がしてあるのと、サンスクリット語である「ラクシャ」の意味を知りたかったのと、ヒロイン、プリティ・ズィンターのえくぼ、主人公フリティーク・ローシャンの右手(親指が2本ある)、スニル役のアミターブ・バッチャンの不自然な生え際を見たかった(ずいぶん不純な動機)のとで結局見ることにした。一昨日公開されたばかりの「ガルヴ」も気になってはいたが、主役のサルマン・カーンはどうせ暴力シーンばかりだろうとか、女優がいまいちだなとか、そういう理由でパス。予告編でやっていた透明人間映画「ガーヤブ」を見たい。
 フリティーク・ローシャンのダンスがすごかった。体が柔らかすぎて人間っぽくなく、怖いくらいだ。
 確かに後半は戦闘シーンが多かったが、メインテーマは若者の成長であるので、あまり悪くはなかった。豊かになりすぎて目標を失ってしまう若者というのはインドでもいるのだなあと感心。確かに映画を見に来ているぐらいの裕福な層ではそういうこともあるのかもしれない。
 それにしても人に向かって銃を撃つというのはどんな心理状態なのか。主人公も最初は自分を奮い起こすように吼えながら発射していた。やらなければ、やられる。イラクでも、武器を持っている人間を見たらそう思うのが当然のことだろう。たった一発の銃弾が、家族をもち、歴史をもち、思考をもつ人間の人生を一瞬にして終わりにする。せめて弓矢ぐらいでやりあってほしい(それだって死ぬが)。
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新居

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新居のカラン・パーク。閑静な住宅街だ。
カランパーク

家を探し始めてから3週間、ようやく新居が決まって住む見込みがついた。これだけ時間をかけられたのは今のアパートがあるからであって、インドに着いたばかりだったらそうのんびりできない。

とはいえ、そのうち2週間は無駄に過ぎた。頼んだ不動産屋が高級アパートしか扱っておらず、希望のエリアに物件を見つけられないでいたのだ。ドゥルゲーシュを介して近くの不動産屋に会ってからは、見つかるまで1週間も経っていない。ミセス・ジェーラムという高級不動産屋は、客に指図はするわ仕事はしないわで、紹介して下さった小島さんに悪いが、感じがよくない。彼女を通して住まいを見つけたK氏も、彼女の客を客とも思わぬ傲慢さには辟易していた。

そこでドゥルゲーシュに助け舟を求めたのだが、彼はバイクで5時間、希望のエリアを探し回ったのだという(彼は大げさなので本当に5時間かは信じがたい)。こういうとき、21歳のドゥルゲーシュは頼りになる。その結果、希望のエリアに店舗をかまえるプラモードという不動産屋を発見。アパートもあっけなく見つかった。

今度の住まいはプネーの東はずれ、ワドガオンシェリ。田舎だが空港まで5キロ、プネー駅までバス30分という便利なところだ。ただプネーの西はずれにある大学や今のアパートからは20キロあり、バスを乗り継いで1時間30分もかかる。これから大学に行ってジャー先生の授業がドタキャンだったら、かなり悔しいだろう。前もって電話してから行こうか。

というわけで東のはずれから西のはずれまで、先生の授業と入居の準備で毎日のように往復3時間移動している。

1日目は見学。この時期は新学期で学生がやってくるため物件は少なかった。でも1件だけ見たアパート(1BHK…ベッドルーム1、ホール、キッチン)が広さも雰囲気もよくて気に入ったのでそこに決める。家具付きで1ヶ月3500ルピー。日本円にして1万円に満たない額である。今住んでいるところよりも1000ルピーも安い。それだけ田舎ということである。ちなみに敷金6、礼金2。K氏に聞いたが敷金をこんな取るのはムンバイやプネーだけらしい。

2日目は手付金を渡し、住む前に準備してもらうものを確認する。ハウスクリーニング、電話線、温水器をお願いした。1日目と2日目はドゥルゲーシュがバイクで送ってくれたので片道40分。ノーヘル2人乗りで80キロも出し、挙句には運転しながら携帯でしゃべり始めるドゥルゲーシュにはらはら。急発進、急ブレーキの乱暴な運転をしながら「怖いかい? 俺の運転は上手いだろ」とか聞いてくる。

3日目は契約。約束の時間をドゥルゲーシュが私に連絡せず、ぎりぎりになってリキシャーで行くことになる。「今行く」といって夕方来たりするのは彼の基本なのである。リキシャーの中で「昨日、ガールフレンドから告白されちゃってさあ」などとのろけるドゥルゲーシュ。彼は妄言壮語なのでまともに聞いていても、聞き流していても疲れてしまう。「困ったらいつでも電話して、すぐ駆けつけるから」と言ってくれるのはありがたいが、今困っているところでそれを言われると「こいつ、何も考えてない」と思ってしまう。こういうとき、21才のドゥルゲーシュはあてにならない。

4日目はドゥルゲーシュ抜き(ほっ)で布団と温水器の注文。布団はサイズを測って、布団屋に行って注文すると、オーダーメイドで作ってくれる。綿を何キロ入れるかとか、生地は何にするかとか、いちいち時間がかかる。その上注文が終わってからはチャイを飲んで世間話。近くを通りかかった知り合いが布団屋に寄ってきて、あーだこーだ言っている。このエリアは外国人がほとんどおらず、珍しいらしい。

これから大家さんと電話線(つながらない)や呼び鈴(ついてない)の交渉や、温水器の取り付け、布団の受け取り、お手伝いさんの手配、そして今の住まいからの荷物移動など。ひとつひとつ時間がかかっているが、新しい不動産屋のプラモードがドゥルゲーシュと比べ物にならないぐらい頼りになるので安心。今週半ばぐらいから住み始められるといいなあ。

映画(9)

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新しいアパート探しは、希望のエリアが辺鄙なところなのでなかなか見つからない。「他の不動産屋にいくな」と剣幕をはった不動産屋は、明日電話するといってからもう3日経つが音沙汰なし。そこでだめ元でドゥルゲーシュ(今の不動産屋)に頼んでみたところ、なんと彼の親戚がそのエリアの近くに住んでいることがわかってアパートを見つけてくれた。インドでは、期待するところに結果がなく、結果は期待しないところから出てくる(期待の仕方が下手だということだろう)。

しかしドゥルゲーシュ、明日見に行こうと言っておいて翌日になると「今日は忙しいからまた明日。」 面倒なことは全部明日という、典型的なインド人の発想だ。というわけで時間が余ったのを口実に映画を見に行く。これまで4回、満席で見られなかった「ハム・トム(君と僕)」。気合を入れて1時間前に行ったらようやく、チケットが手に入った。

ハムトゥムハム・トム(君と僕)
〈あらすじ〉
タイムズ・オブ・インディア誌に連載され、大ヒットになったマンガ「ハム・トム」。男の子ハムと女の子トムのケンカを面白おかしく描いたマンガである。作者のカランは単行本ヒット記念のインタビューで、記者からトムのモデルになった女性と恋愛について訊かれる。ここから回想シーンが始まる。
9年前、アメリカに留学するカラン(写真左)は、たまたま飛行機の隣の席でリア(写真右)と出会う。カランは女好きのお調子者で、リアはこれが気に入らない。途中立ち寄ったアムステルダムで2人は観光するが、カランがリアにいきなりキスをしたことからリアは激怒。ニューヨークで別れることになった。
それから3ヵ月後、2人はニューヨークの公園でたまたま再会するが、デート中だったカランの相手はリアの高校の友達。リアがカランのことをぶちまけてデートは終わりになる。そしてまた別れる2人。
それから3年後、デリーでマンガを描きながら結婚式場の手伝いをしていたカランは、再び花嫁としてきたリアと出会う。花婿のサミールと共にニューヨークに旅立つ2人を見送るカラン。
そしてまた3年後、パリに住んでいる父親を訪ねたカランは、たまたま電車の中でリアと再会。そこでサミールが事故死していたことを知る。リアはブティックを経営しながら、茫然自失の生活を送っていたが、カランの明るい振る舞いとカランの父親との交流によって次第に癒されていく。
それから1年後、ムンバイを訪れたリアは、カランの友人のミールと会う。リアを不憫に思った母親が、結婚相手を探すようカランに頼んでいたのだった。ところがリアとミールは今ひとつ相性が悪く、そのうちミールはカランのガールフレンドと話があい、とんとん拍子で結婚が決まってしまう。
婚約披露で元ガールフレンドは酔っ払い、ミールがもともとリアと引き合わせようと連れてこられたことを口走ってしまう。このカランの策謀を聞いて激怒するリア。泣きながら出て行こうとする彼女はミールに呼び止められ、カランが彼女を愛していると教えられる。自分もカランを愛し始めていたことに気づいたリアは、自棄酒を飲んでいるカランのところに赴き、海辺で一夜を共にする。
ミールの結婚式の日。気持ちの整理がつかないカランはリアに愛の告白ができず、海辺で共にした一夜のことを詫びてしまった。リアは涙を流して立ち去る。カランは意気地のない自分に嫌気がさし、ふさぎこんでしまう。
そこにパリに住んでいた父親が帰ってくる。妻と長いこと別居生活をしていた父はカランに、愛した人を幸せにしなければいけないことを諭し、カランは一念発起、リアを探す。しかしリアはもう、ムンバイにもパリにも見つからなかった。
こうして回想シーンが終わり、再びインタビューのシーンに戻る。カランは本の中に、自分が愛したリアのことを書いていた。インタビューの後ひとり歩いていると、後ろから声をかけてくる女性がいる。振り返るとそこには、カランの本を持ったリアがいた。
エピローグ。カランとリアは、生まれたばかりの娘を産院で見ている。となりのベッドにきた男の赤ちゃんは娘をジロリ。男と女のケンカはまだまだ続く…。

〈感想〉
 筋書き、カメラワーク共によくできた映画だったと思う。どろどろせず、主人公がやたら偶然に出会うのを除いてはごく自然な展開で、笑いも随所にちりばめられている。主人公が三枚目を演じているのも好感がもてた。随所に挿入される「ハム・トム」のアニメシーンは、ストーリーからあえて外すことで、緊張の場面をほぐしたり、場面の展開をスムーズにしたりする効果があったと思う。
 主人公のカランは好かれようが嫌われようがお構いなく、気に入った女性にはどんどんアプローチをかけていき、リアに「病気だわ」と言われる。日本人ならば傷つくことを恐れて、当たり障りのないところからゆっくりゆっくり近づこうとするだろう。そして多くは相手の無関心のうちに熱も冷める。嫌われるとしても、無関心よりは関心を引く方がよいこと、また心を閉ざしている他人に気づいてもらうには思い切ったことも時には必要ということを感じた。「愛の反対は憎しみではなく、無関心である」と言ったのはマザーテレサだったろうか。
 バイオレンスものが多いインド映画において、ラブコメは人気が高い。カップルはもちろんのこと、親子連れ、年配の方など、ターゲットが広い。しかもアムステルダム、ニューヨーク、パリと外国の風景もお腹いっぱい満喫できるとあっては満席が続いているのも頷ける。昨年も人気を集めてロングランになったのは軒並みノンバイオレンスものばかりだ。もっと増えてもいいのではないだろうか。
 予告編で見た「キョーン・ホー・ガヤー・ナ」ヴィヴェーク・オベロイとアイシュワリヤ・ライ、そしてアミターブ・バッチャンと、夢の競演だ。早く見たい。

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ストライキ

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大学正門前にあった、ポリオワクチンの接種を呼びかける看板。コワイ……
ポリオの看板

プネー市内でリキシャーのストライキ。そんなことは知らずに市内3ヶ所に用事があってでかけた。いつもならただ歩いているだけでも声をかけてくるのに、今日に限っては揃って乗車拒否。理由を聞くとガソリン代の値上げに反対するストライキらしい。

でも中にはストライキに参加していない者もおり、何台かに声をかけていると乗せてくれるのがいた。今日は10台に声をかけて1台つかまるぐらい。中には2倍も3倍も値段をふっかけてきて、諦めさせるのもいた。2倍3倍といっても、30円ぐらいの差であるが、昨日30円のバス代で往復40キロを往復した身としては乗る気が起きない。

しかし最後に、バンダルカル東洋研究所からプネー大学まで行くのはたいへんだった。あまり空車が通りかからないところである上に、乗車拒否される。一緒にいたおじさんがたまたま大学に行くというので、そばで待っていたら、なんと人が乗っているリキシャーを捕まえて無理やり乗り込んだ。どさくさに紛れて乗り込む私。ひとりだったらできない芸当である。

これで一安心、料金はどうやって分けるのかなと思っていると、交差点でリキシャーの運転手が何人も駆け寄ってくる。「おまえ、ストライキ中だというのに客を乗せているとは何事だ!」「俺は知らないもん」「何だと!降りろ!」というようにケンカが始まり、運転手はリキシャーから引きずり出されてどつかれたりしている。仕方なく降りる我々。

ここから大学まで3キロ。最初から乗っていたおじいさんはバスを待つことにし、一緒に乗ったおじさんはヒッチハイクでバイクに2人乗り。残った私はてくてく歩いて大学へ。荷物が重いので肩が痛いが、日ごろ目に留まらないものが見られるのが楽しい。

今日1日で5キロは歩いただろう。いい運動になったとしておこう。

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