アーメダバードへ

 インド最西部に位置するグジャラート州のアーメダバードへ写本調査に向かう。
 実はアーメダバードはプネーからそれほど遠くはない。電車で行っても我慢できるぐらいだが、飛行機の早割(1ヶ月前予約で半額)を利用してムンバイから行くことにした。飛行機代は4000円。ムンバイからわずか1時間ほどのフライトだ。
 ところがプネーからムンバイが近いようで遠い。距離は160キロ、インド有数の高速道路が走っているので3時間ぐらいで着くのだが、バスの時間が合わないことが多く、空港に早く着いて3時間も待っていたらそれだけで1日つぶれてしまう。
 今日は17時のフライトに乗るために予約したバス時間が9時。その後のバスでは間に合わない。バスといっても乗り合いのタクシーで、4人ぐらいをそれぞれの家の前から乗せて空港に向かう。
 旅行代理店では8時40分ころからバスが待っているだろうと言うので、8時50分ごろに下に行ってみる。しかしバスはまだ来ていなかった。それから9時30分ころまで待ったが一向に来ないので待ちきれずに電話した。
 「ミスター、オノ、予約を確認しました。今から行きます」「……今から?」結局車が来たのは10時だった。私以外の客は誰も乗っていない。「フライトは何時か?」「17時だが」「それならノープロブレム!」「……」
 時間というものは本当は非常に得体の知れないものだ。インド哲学では空間と共にすべてのものを入れる容器のように実体視されているが、異論もある。時間とは何かという問題は、洋の東西を問わず大きな哲学的なテーマになっている。
 今の日本人、先進国の多くの人は時間を売り買いできる商品のようにみなしている。そういう考えに慣らされると、何もしない時間は無駄に感じられ、待たされることや不本意な時間の使い方をさせられることに大きなストレスを感じるようになる。
 でも、時間の経過を意識しないで何もしない時間は単なるブランクだと考えたらどうだろう。今日は車が来るまで通りにきれいな花が咲いているのに気づいたり、歩いている人を眺めたり、話しかけてくる人としゃべったりしているうちに何となく過ぎた。
 あるいは、気温が高いせいで待っている間は頭のスイッチが切れるのかもしれない。
 前ならば怒っていただろうが、運転手が言うとおり確かに間に合うわけだし、どうせ早く着いても空港で待つだけだからと思うと不思議に腹が立たない。しかし何でも遅れるインドにあっては、こうして早めに予約しておくことが大切だということはよく分かった。ただ気になるのは、もし電話していなかったら車ははたした来たのかどうかということ。
 ムンバイの空港までは3時間。エアコンをつけないで窓を開けていたが、ムンバイに近づくにつれてどんどん暑くなってくる。予約時にエアコン付きであることを確認していたはずだが……? 汗だくになって運転手に「エアコンないの?」と訊いたらあっさりスイッチオン。逆に「OK?」などと訊いてくる。運転手がエアコン嫌いなのか、それともガソリン代節約のためか(たぶん後者)、もっと早く言うべきだった。
 ムンバイの国内線は飛行機会社別に建物が異なる。私が乗るジェット・エアーの入り口に着くと早速ポーターの少年が寄ってきた。「ナコー!ナコー!(要らない、要らない)」悪名高い国際線ほどではないが、金持ちの集まる空港にはさまざまなボッタクリも集まっている。用心モードに切り替えなければならない。
 空港の中は快適。こぎれいなラウンジがあり、サンドイッチセットが400円もしたが冷房のきいているところでのんびりできた。一般の待合室も冷房がある。3時間ほど、この日記を書いたりして過ごす。
 飛行機は20分ほど遅れて出発。わずか1時間のフライトに、機内食が出た。アテンダントは忙しそう。食べるか食べ終わらないうちに回収が始まり、回収し終えたころに着陸となった。
 空港から広島大学の小林氏に電話する。今回の写本調査は1日だけで済ます予定だったため、アーメダバードで勉強している彼に予め手続きをお願いしていたのである。ひとまず大学近くのホテル「クラシック・ゴールド」で落ち合うことになった。個人タクシー・エアコンなしで250ルピー、30分。
 それにしてもアーメダバードは暑い。機内アナウンスで現地の気温が発表されるが41度というので一瞬機内がざわついた。到着時刻が6時を過ぎ、日も翳っているはずなのにこの暑さは何なのだろう。
 ホテルでは小林氏が待っていてくれた。大学の近くには高いホテルしかないが、1泊1650ルピーのところ、大学関係者割引で1329ルピー(中途半端なディスカウントだ)。チェックインをして夕食に出発。
 プネーより人口の少ないアーメダバードだが、大学の近くはずっとにぎやかだ。おしゃれな衣料品店が並び、若者や家族連れがつめかける。小林さんによると、菜食・禁酒・禁煙なのでお金の使いどころが衣服に向かうらしい。確かにいい服を着ている人が多いような気がする。
 グジャラート州は州全体で禁酒法が制定されており、外国人が滞在するような一部の高級ホテルを除き、届けを出さないと飲めないようになっている。当然夕食は酒なし。夏ばてに効くというのでバターミルクを飲んだ。屋外レストランで大理石がホカホカだったのは昼間の暑さを想像させる。汗だくになったので冷房のきいているバリスタ(喫茶店)に移動してコーヒーを飲んだ。
 ホテルはエアコンがない部屋で、やはりホカホカ。扇風機を回したまま寝ることになった。

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