Ticket to Ride in India

04年11月旅行地図 11月1日から2週間にわたって、学会と調査、そして仏蹟巡礼のため東北インドを旅行。鉄道で往復4000キロを87時間(結構早い?)、3000円(安っ)で移動した。


  1. 急行ギャーンガンガー(智恵のガンジス)号、プネーヴァラナシ行で29時間
  2. 学会を終えて急行ヴィブーティ(威力)号、ヴァラナシ発ハウラー(コルカタ)行で17時間
  3. 調査の後に急行ドゥーン(谷)号、ハウラー(コルカタ)発でガヤーまで8時間
  4. 仏蹟を巡礼してからハウラー=ムンバイ急行でガヤーからカリヤーン(ムンバイ近くの駅)まで29時間
  5. カリヤーンから各駅停車でカルジャット(デカン高原の登り口にある駅)まで1時間30分
  6. カルジャットから各駅停車でプネーまで2時間30分

左の図で黄色い先が往路、緑の線が帰路。帰りはプネー行きの直行便がなかったため、ムンバイ近くまで行ってから折り返さなければならなかった。
(C)白い地図工房
 長距離を走るインドの急行列車には多くの場合、2段ベッドの寝台車、3段ベッドの寝台車、冷房なしの一般寝台車、冷房なし椅子だけの二等車がある。冷房があると運賃が跳ね上がり、そのくせ寒すぎて体調を崩すので、夏でもない限り一般寝台車しか選択肢がない。

 
一般寝台車 一般寝台車は通路を挟んでそれぞれ二段、三段ベッドになっている。二段ベッドの方は長さが今ひとつ足りず、身長があると足を曲げて寝なければならない。一方、三段ベッドは日中、二段目を倒して背もたれにする。こうして一段目(Lower Bed)は座席、二段目(Middle Bed)は背もたれになるわけだが、三段目(Upper Bed)はそのまま。日中の座席はLBの人が窓側、UBの人が通路側、MBの人がその中間となる。
 LBの人は窓からの眺めと涼しい風を享受でき、UBの人は寝たいときに寝られる。どちらがいいかは人それぞれだろうが、長時間になればなるほど昼寝ができるUBに軍配があがりそうだ。座席はLB、UB、MBの順で予約されるため、MBになりたくなかったら切符を早めに買うことだ。
 車内は揺れて本を読めるような環境ではない。おしゃべりをするか、ものを食べるか、眠るか、ぼーっとするか。はじめの数時間はよいが、10時間、20時間と経つにつれてだんだん脳みそがとろけてくるようだ。ほどよい暖かさや単調な線路の音も手伝って、乗客はみんな目が虚ろ。
 しかし物売りは絶えずやってくる。チャイ(劇甘ミルクティー)、軽食、冷たい飲み物、果物、本、食事の注文。その中に混じってコブラの蛇使い、床掃除をしてお金を求める物乞い(雇われているのではなく、途中から乗り込んで自主的にやっている)、超下手な歌や楽器でお金をせびる物乞い、何もしないでお金をせびる子どもたちなど。
 とりわけ強烈なのが女装してお金をせびりにくる人たちだ。中には本物のヒジュラ(両性具有者)もいるらしいが、たいてい厚化粧をしてサリーやパンジャービードレスを着ているだけの野郎たちで、これが一番しつこい。女性(の姿をしている人)には無下に断れないのを承知で、あごをなでたり、頬をつねったりたたいたりしてくる。「ねえ、あんた〜、お金よこしなさいよ。ほら私たちこんなにきれいでしょ!」……目の前に立たれると直視できない。笑ったり侮辱したりすると猛烈に怒るそうなので目をつぶって首を振り、去るのをひたすら待つ。

 
途中停車 発着時刻は意外と正確だった。途中で1〜2時間遅れても停車時間を縮めたりしてできるだけダイヤ通りに戻そうとする。それでも途中の信号で管制官が居眠りをしているのか知らないが、30分も途中停車をすることがある。そういうとき乗客は列車から地面に降り、線路に座って休憩。日本だったら罰金どころかニュースになってしまうだろうが、なにしろ列車のドアは手動式だから止めようがない。汽笛が鳴ると乗客は腰を上げて乗り込み、列車は何事もなかったかのように出発する。
 車内生活の快適さについてだが、トイレはそのまま線路直行で垂れ流しのため、車内はあまり汚れない。洗面所もついており、顔を洗ったり歯を磨いたりすることはできる。しかし入浴はもちろんのこと、着替えもままならないので暑いとちょっときついかもしれない。今回はむしろ、夜の寒さが厳しかった。北インドは一足早い冬が来ているらしく、寒くて目が覚めるほど。一般寝台車には毛布も枕もないので、I氏のアドバイス通り靴下と肌がけが役に立った。
 手荷物の管理は大事。義理の兄がインドで鉄道旅行中、ちょっとウトウトしている間に荷物を盗まれたことがあったという。カバンには鍵をかけ、さらに座席の下にチェーンでくくりつける。三段目ならば、上に置いておくのも一手だ。今回は荷物を最小限にしておいたため、鞄を枕にして寝ることができた。これが一番安心。
 駅や列車の中で犯罪に対する注意を促す掲示をよく見かける。「見知らぬ人からもらった食べ物を口にしないで下さい。死に至るか、泥棒にあう可能性があります」というのはいわゆる睡眠薬強盗対策。その中に「物乞いには何も与えないで下さい」なんていうのもあった。インド国鉄もなかなかたいへんである。
 ゴミは全て窓からポイ捨て。バナナの皮や、素焼きの茶碗ぐらいならまあ牛が食べるか土に返るだろうからいいとして、紙コップ、食事の銀紙、ビニール袋になってくると頂けない。駅の線路はゴミだらけ。しかし初めはゴミをかばんにしまって駅のゴミ箱にまとめて捨てていた私も、わずか10時間ほどで窓から捨てる人になってしまった。罪悪感をもっていたのも初めの2,3回だけ。「環境とかエコロジーとか言っても、どうせシヴァが全部破壊してしまうんだし、その後にはまた秩序だった世界が作られるんだったら、インドの線路端にアルミホイルがたとえ100年間残ったとしても、たいした問題ではないのではないか?」などと考えて自己を正当化する。そんな奴らが、インドをそこら中ゴミだらけの国にしているわけだが。
 さまざまな驚きと発見にみちた初の長距離鉄道旅行だったが、車窓の景色、同乗しているインド人の素顔、駅で見かける人や牛は情緒たっぷり。旅費の面だけでなく、とても得した気分になることができた。

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