パズルのような日々(4)

日曜日のうちに妻は大阪から帰ってきたが、そのまま月曜から都内で学会のため、草加の実家に宿泊。私と子供たちも日曜日の朝まで草加にいたので、行き違いである。
月曜日は朝から御詠歌の検定会。私は二級師範という年不相応な資格を持っている関係で主任検定員なんて偉そうなポストに。緊張して入ってくる母親以上の年齢の受検者を前に点数をつけたり、終わってから手厳しい寸評を加えたりしていた。本当にすみません。
帰宅してからは、じゃれついてくる子供たちを無視して日本ボードゲーム大賞の投票準備。そのうち長女はお絵かき、長男は泣いているうちに眠ってしまった。
何とか準備を終えて、夕方からは高校の同窓会。初めての参加で、おじいさん方しかいないだろうと思ったら、案の定私と友人の2人唯一の平成卒で、しかも最年少だった。叔母と同年代くらいでも下から数えたほうが早い。卒業してから15年以上経っているわけだが……。出席者は社長、医院長、町長、校長と「長」の付く人がずらり。すっかり引いてしまったが、最後に校歌や自治会歌を歌うころまでにはだいぶ打ち解けた(16年経っても応援歌などを忘れないのは、入学直後に新入生全員が受ける、ありえないほど厳しい応援練習の賜物である)。
我が母校は上杉藩の藩校を母体にしていることもあって、帝王教育が染み渡っている。「寧ろ鶏口となるとも牛後となるなかれ」という故事は、高校のときに覚えさせられた漢文に入っている。同窓会に来るのは自然と「長」になるのだろうけれども、私も一山の主として組織におもねることなくやっていく勇気をもらった気がする。
それと高校の近況を聞かせてもらったが、米坂線の本数が少なくなったり直行列車がなくなったりして、長井から通っている生徒は激減しているのだそうだ。かつて、ないことで有名だった修学旅行が今は行われているという。といっても東大なんかの見学が主ではあるが。それから上杉鷹山公の出身の関係で宮崎の高鍋高校と行き来しているという。こういう歴史に力を入れているところは相変わらずだなと思う。
帰宅してから御詠歌の関係でもう一仕事。おかげで夜遅くなってしまったが、今日は大学の講義のため早起きしなければならなかった。5時に叩き起こされて不機嫌な子供たちを連れ、新幹線へ。新幹線の中では子供たちの機嫌が直ったのでのんびりする。
子供たちを義母に預けると、1時間ほど時間ができたので道中のネットカフェでこれを書いている。講義が終わって義父母の家に行くと、妻も帰ってくることになっている。3日ぶりに家族が揃い、つくばに帰る。これでパズルのような日々も一段落というところだ。

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