『冥途の旅はなぜ四十九日なのか』

表題の答えは現世と来世の間にある世界を七日間ずつ七回さまよって、七回の審判を受けるからで、なぜ七なのかといえば七曜ということと、七という数字は素数で縁起がよいという説明がなされている。
中陰四十九日説の由来は、『阿毘達磨大毘婆沙論』(インド、2世紀ごろ)第七十で設摩達多という人の説として「中有極多住七七日。四十九日定結生故。」という文言に由来する。ほかにも七日以内という説と無限という説が挙げられている。ここでも根拠述べられていない。インドでも時間のひと区切りであった七日を適用したものという説明しかなさそうである。
とはいえ、後世には冥土の旅の絵解きなども作られ、死者が三途の川を渡って地獄極楽めぐりをするという観念が一般化しているので、それと四十九日を重ねて説明を試みてもよかったのではないか。
仏教にはとてつもない広さや長さがあるのを数学的に分析したくだりは面白い。お釈迦さまの守備範囲である一仏土は、小世界十億個分で、小世界を太陽系くらいの広さと仮定すると、一仏土の幅は100万光年。さらに西方浄土は十万億仏土なので、1000京光年の遠くになるという。
天人の寿命は500歳だが、天界の1日は人間界の50年にあたるので、人間で言うと9125000歳。しかしこれは天界でも下のほうの下天の話で、もう少し上の兜卒天は、1日が人間界の400年にあたり、天人の寿命は4000年に延びる。人間で言うと5億7600万年である。ここに住む弥勒菩薩が人間界に現れるのが、釈尊入滅後56億7千万年といわれており、1桁違うがだいたいこの計算に合致する。
「劫」という時間の単位は、実際何年かを考察してもらいたかった。天女が百年に一度、羽衣で7km四方の石を軽くひとこすりして、その石が摩擦でなくなるくらい、または7km四方の箱に芥子の実をつめて、百年に一度一粒ずつ取り出し、全てなくなるくらいが一劫である。
本に書いていないので自力で計算してみる。すりきれのほうは定量的な評価ができないが、芥子の実の直径を0.8mmとすると、体積は0.512立方mm。7km四方の箱には2垓8446京個入るから、一劫はその100倍で284垓4600京年ということになる。
世界は20劫ずつ成・住・壊・空の段階があり、合計80劫で1サイクルとなる。現在は住劫の第9劫だそう。仏教の尊い教えは、百千万劫に1度会えるかどうかだという説き方があるが、その長さを年で表したら、2溝8446穣年となる。お釈迦様の教えに行き会うまでいったい何回生まれ変わって待っていなければならないのか。
仏教由来の単位である恒河沙、阿僧祇、那由他には30桁くらい足りないが、宇宙ができた137億年前、地球が誕生した46億年前なんていうのはごく最近の話という気がしてくるから面白い。
ほかに大仏の黄金比や、百八つの煩悩の計算など。こじつけに感じる説明もあるが、仏教のいろんな数字に着目して整理した本として面白く読めた。

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