読経ボランティア

先週、檀家さんの火葬で斎場に行ったとき、懇意にしている係員の方から震災で亡くなった方の火葬を引き受けるという話を教えてもらった。宮城では斎場で受け入れきれないほどの方がお亡くなりになり、土葬を余儀なくされている。そこで遺族の希望があった場合は、隣県である山形県内の斎場で引き受けることになったのだという。
震災の被害者に何かできることはないかと思っていた矢先だったので、斎場に駆けつけて読経だけでもさせてもらいたいと思った。とはいえ、ガソリンがなくて車が動かなくなっていたため、その話を近くのお寺さんに伝えたところ、それなら市の仏教会で読経したらどうかと提案していただく。ちょうど会長さんも一緒だったので承認を受けて話を進めることになった。
市役所の市民課に電話してその旨を伝えると「たいへんありがたい」というご返事。遺族とは連絡が取れるので、読経させて頂けるかどうか承諾を取って下さるという。承諾があれば、時間を連絡してもらうよう段取りをし、誤解があるといけないので、お布施などの心遣いは一切辞退することも伝えるようお願いした。
それから1週間、昨日連絡が来て、たまたま時間が空いていたので私自身が行くことにした。幸いガソリンは昨日と一昨日で満タンにしてある。
すると近所の檀家さんから、お経を読んでくれないかという連絡が来た。亡くなった方の親戚が、私の住んでいる地区と姉妹地区になっていて、30年来の付き合いなのだという。また今朝は、別のお寺さんからも連絡。亡くなった方の家の菩提寺の住職が、御詠歌のつながりで読経をお願いされたのだという。何たる偶然。これも仏縁というべきだろうか。
火葬の30分前に斎場に着くと、棺がもう安置されており、遺族と、駆けつけた近所の檀家さんが取り囲んでいた。棺には番号がマジックで書いてあり、名前・年齢と「火葬するので動かさないでください」というメモが貼ってあって、身元確認をした形跡が分かる。戒名はまだ付けられておらず、遺影もなかった。
宗派問わずで引き受けたわけだが、菩提寺が同じ宗派で、住職が御詠歌の先生とあれば、遠慮せず自分のやり方で読経できる。棺前念誦で十仏名、舎利礼文と追弔御和讃で焼香、回向して印金で三通、炉前で聖号。葬儀の一部分を抜粋した法式である。すすり泣きが背後に響く。
火入れが終わって収骨までの間、しばらく遺族とお話をしてきた。そこで後日、菩提寺の住職から葬儀をしてもらえること、遺骨の安置場所は近くのお寺にあることが分かって安心。あとは生々しい津波の惨状が語られた。故人はベッドと壁の間にはさまったおかげで流されなくてよかったという話に返す言葉もない。お寺も、屋根だけ1km流されたり、住職が亡くなったりしているという。
そのまま収骨でもお経を読んで、お骨と遺族を見送って帰ってきた。私自身が逆に救われたような気持ちだった。
お寺では毎朝、お経を読んで万国殉難者諸精霊にも回向しているが、今日の読経の功徳が、老若男女数えきれない被災者の鎮魂につながることを祈る。明日も行く。

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