坐禅

個人的には

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ここ1年くらいよく見聞する中に,鼻につく言葉がある.
 それは「個人的には」という言葉.もともとは組織(会社・学校・団体など)の人間が,組織を代表して述べる立場でもありながら,それと区別して見解を述べるときに使われるはずである.「今から述べる意見は,私の所属する組織の意見ではなく,したがってこの発言の責任を組織は負いません.あくまでも私個人の責任において発言されるものです.」ということは,しばしば組織と異なる見解だということが含意されるだろう.
 例えば私の属する曹洞宗は,都内に大きなホテルを所有しており,これまでかなりの赤字を出してきた.しかし曹洞宗としては大切な財産として今後も活用していきたいという.そんなときに要職についている偉いお坊さんが「個人的には,このようなホテルの必要性を感じない」と発言するような場合だ.
 さてそこで気になるのが次のような発言.「個人的には好みです」.彼の背後に,それを好みでないと考えている何らかの組織があるのだろうか? 「もしこれを好みだというならば,あなた個人の責任においてのみ発言せよ」というような組織が.
 用例を探っていくと,どうやら「個人的には」というのは「他の人はともかく,少なくとも私は」という意味らしい.それならばただ「私は」と書くだけでもよいはずだが,日本語で「私」というのを使うことに抵抗がある人が多いのかもしれない.他の言語と違い(韓国語にもそれらしきものはある),「私」という言葉にはすでにジェンダーなどいろいろな属性が混入している.
 小学校のときから作文で男子は「僕」,女子は「私」を使うことになっている.でも男性の場合「僕」は年を取ると使いづらいし,「私」はオカマくさい(と思う人もいる).「オレ」「ワシ」はくだけ過ぎだし,「自分」は田舎者っぽいし,「わたくし」はかしこまり過ぎている(漢字が「私」と同じだし).まさか「拙者」「某(ソレガシ)」もないだろう.自分にしっくりくる一人称を見つけるのは案外難しいのだ(ついでに言えば,二人称「あなた」「君」「お前」も難しい).実際にはTPOで使い分けていることが多いのではないだろうか.大学生にもなって自分のことを下の名前(しかもちゃん付けだったり)で呼ぶ人がいるのには辟易するが.
 そこで「個人的には」.フォーマルな感じをかもし出しつつ,一人称を表示する.納得できないことはないんだけれども,それでも「あなたは一体どんな組織に入っているのか?」とつっこみたくなる今日この頃である.
 最近知った言葉「愚禿(ぐとく,頭を丸めているばか者)」.僧侶が自分のことを卑下して言うらしい.親鸞上人が使っていたという.私のお寺にも18世紀,「愚紋白癡(ぐもんはくち)」という名前の住職がいた.どうしてそんな名前になったのだろう?-----
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このページは、おの2003年11月21日 00:00に書いたブログ記事です。

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