坐禅

総代会/披露宴

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午前中は教区の総代会(各寺院の代表者会議)、午後からは友人の結婚披露宴に出席。
ここ2年、総代会は教区長と総代会長の公開討論会のようになっていた。総代会長が「近頃は葬式仏教と揶揄されており……」と言えば教区長は「葬式仏教で何が悪い!」と憤慨し、気がつけば1時間、足イタイ。
今日もそんなやり取りを覚悟していったが、総代会長が今日こそは決着をつけようと時間を長く取ったのを事前に察知したのかどうか、教区長は開会式が終わると会議に参加せず帰っていった。
それはそれで拍子抜けである。総代会長は今期で交替し、次期会長はマイルドな方なので、もう当分このようなドンパチは見られないだろう。ちょっと寂しい気もする。
ちなみに今回、総代会長が話し合いたかったテーマは「会葬者に配るため、葬儀が終わる前に花輪を崩すことの是非」だったらしい。マイナーだな〜。例えば会葬者が読まれるお経の意味を分からないのは仏教離れにつながるのではないかとかいう問題の方が、ずっと大事だと思うが。
というわけで会議はあっさり終わって、人権学習ビデオを見てから昼食。でも乾杯して20分でお開きって、どうよ? しかも真っ先に帰るのは、お坊さんのほうである。檀信徒に寄り添い、その声を聞くことの重要性が叫ばれている中、上からあーだこーだ言うだけで総代に対してこんな態度をとるのでは、そのうち檀家さんみんなからそっぽを向かれるのではないか。檀信徒は、仏の如く敬うべし。
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午後からの披露宴は、余興を頼まれていた。誰かと一緒なら打ち合わせをして「アルゴリズム体操」でもやろうかと思っていたが、独りでやってくれとのこと。ネットを調べているうちヨン様スピーチ(http://plaza.rakuten.co.jp/yxesagan/diary/200601200000/)を見つけたので、これをやることにした。
それから1週間、ハングル語を必死で覚える。「ハムケヒンモリセンギルプディサイチョケ!」前日は、米沢のヒッポファミリークラブに行って綿密な予行練習をさせてもらった。当日もずっとブツブツ……外面は平静を装っていたが、食事も味わう余裕がない。
他の余興がマイク一本やカラオケしか使っていないのに対し、こちらは冬のソナタのBGM、マスク、バラの花、そして司会の「通訳」、さらにスポットライトまで当ててもらって使えるものを全部使っただけに、話に夢中になっている人も注目してくれた。目立ちたがり屋ではないつもりだが、人前でやる芸には小学校のころから気合を入れる癖がある。
余興が終わると、まもなくお開きになる。恒例の新婦が涙ながらに読むお父さんへの手紙。そこでふと、自分がお父さんの立場になって聞いているのに気づく。「いつの日か私も娘からこんな手紙を読んでもらう日が来るのだろうか?」と思うと目頭が熱くなってしまった。数年前、自分を新郎の立場に重ね合わせて「私ならこの奥さんはどうか?」などと品定めしていたのとは大違いだ。
二次会は出席せず、新幹線でつくばに直帰。19日以来、8日ぶりとなる。もう子どもの顔が思い出せなくないぐらいだ。さあどんな寝顔で寝ているだろうか。

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このページは、おの2006年5月29日 00:00に書いたブログ記事です。

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